港でデート中のカップルを呼び込む漁船
これは、20年程前に聞いた話です。
中学生だったカップルが、とある港でデートを楽しんでいました。
時間は夜の8時頃。
そこは小さい漁船が停まる港で、普段から何隻か停まっている場所でした。
二人は夕方6時頃に街で待ち合わせ、歩きながら話をしているうちに、気が付けばその港に来ていたそうです。
蒸し暑い8月の夜だったこともあり、そろそろ帰ろうかなぁと思っていました。
なんで気が付かんわけ?
ところが、一隻だけ明かりが点いて賑やかな雰囲気の大きめの漁船から、「にいちゃんにいちゃん、ちょっとおいで!」と、小太りのおじさんが呼んでいました。
二人は何かな?と漁船に入ると、そこは大人7名くらいで酒盛りをしている最中でした。
「にいちゃんらは付き合ってるわけ?」等と冷やかしの言葉を交えつつ、おじさん方は「飲め飲め」と焼酎を差し出してきました。
当時の彼氏はお酒を飲んだことがなく、酒はこんなに不味いのか・・・と思ったそうです。
しかし10分もしないうちに、彼女が俯いたまま今にも泣き出しそうになり、彼氏へ「もう帰ろう・・・お願いだから・・・」と小声で呟き始めました。
彼氏は、酒は不味かったものの、大人が酒盛りをする雰囲気を楽しんでいました。
島唄を唄い、拍手と指笛で囃(はや)し、その場は大変盛り上がっていました。(奄美では奄美の唄が多く、年配者たちは酒が入るとこぞって唄ったりしたそうです)
ですが、彼女の態度があまりにも豹変し、突然「もう帰る!」と泣きながら怒りの感情を出し、船から橋へ渡り、堤防を走って行きました。
突然のことで驚いた彼氏は、走って追いかけ、200メートルほど離れた国道沿いで彼女を捕まえました。
そして、「何やってるわけ?おじさんたちに失礼だろ!」と、彼女に捲くし立てました。
彼女は走ったのと泣いていたのもあり、息を切らせながら「うっうっ」と嗚咽を漏らすだけでした。
5分程が経ち、落ち着いた彼女が、「あんた、なんで気が付かんわけ?」と今度は怒りをあらわにし、彼氏に詰め寄りました。
彼女の言っている意味がよく分からない彼氏は、「やー、何が言いたいわけ?」と尋ねました。(やーとは、方言であなたという意味)
すると、また泣き始めた彼女はどうにか聞き取れる声で、「拍手・・・花・・・コップ・・・お酒・・・」とだけ言い、彼氏がそれでも意味が分からない顔をしていると、強く言いました。
「拍手!手が、手の甲を合わせて拍手してた!」
「花!枯れたのと新しい白菊の花しかなかった!」
「コップ!飲み口が割れて、外で何年も放置したみたいだった!」
「お酒!焼酎はあんな味じゃない!あれは注いで何年も経った腐ってる味!」
と、泣きながら怒り出しました。
それを聞いた彼氏は、「確かめてくる」と船着場へ走って行くも、そこには先程の船は無く、普段通りに小さい漁船が停まっているだけでした。
(終)