田舎村の風習 3/8

「わかったぞ、

これ檀家とかいうやつだ。

 

この神社にお金くれる人たちを、

おぼえ書きしとるんじゃ」

 

「へぇ、そんなんがあるんか。

ソンチョはホントに物知りじゃ」

 

「俺のジジイも、

お寺の檀家しとる言ってたから」

 

とソンチョは胸を張って言った。

 

これも後になってわかることだが、

 

この場所が神社なら、

氏子と言うのが妥当だったろう。

 

「ソンチョ、これで

箱の中身はぜんぶ?」

 

「ちょお待って・・・

ん、底に一枚張り付いとる。

 

なかなか取れないぞ・・・

うぉっ!」

 

底に張り付いた板を

思いっきり引っ張ったせいで、

 

板がはがれた勢いで

 

ソンチョはその手を高々に

振り上げた。

 

その最後の一枚は、

他の板とは様子が違っていた。

 

その板は全体が箱と同じ

真っ黒に染められており、

 

ひらがなで文字が彫られていた。

 

「えーっと・・・

お、ま、つ、り?」

 

真っ黒な木の板には

『おまつり』と彫られていた。

 

「ソンチョ、

これも檀家とかいうやつか?」

 

「ようわからん」

 

その時は別段怖いとも

思わなかった。

 

たいして面白いものも見つから

なかった残念が大きく、

 

秘密基地を見つけた時の高揚が

少し萎えてしまった。

 

「便所虫は入っとらんかったな」

 

「つまらんなぁ。

 

でもダイジョーブじゃ!

まだ小屋は二つある!」

 

そう言って、

 

ソンチョはまた俺を連れて

残る二つの小屋の探索に向かった。

 

しかし、残る小屋は

本殿よりもつまらなかった。

 

錠もかけられてないし、

小屋の中にも何も無い。

 

気付けば夕刻が近づき、

 

あと一時間もすれば

空が赤く染まるぐらいの時刻。

 

もちろん時計なんてないから、

野生児の感覚だったが。

 

俺達は本殿に上る石段に座って、

神社の敷地全体を眺めていた。

 

「結局、檀家の板だけ

だったなぁ」

 

「でも秘密基地を見つけたんじゃ。

ここは何かに使えるぞ。

 

そうだ、デンツキなんかどうじゃ?

隠れる場所はいっぱいあるぞ」

 

「でも二人だけじゃデンツキは出来ん。

誰かにこの場所教えんと」

 

「それはなんか嫌だなぁ。

ここは俺とお前の秘密基地じゃ」

 

ソンチョにそう言ってもらえた時は、

本当に嬉しかったな。

 

この頃は、

 

俺はソンチョの手下みたいな感じだと

自分で思っていたのだが、

 

ソンチョ自身は対等なダチンコとして

見てくれていたのだ。

 

「そういえば、

昼飯食ってなかったなぁ・・・

 

ソンチョ、

木イチゴ見つけんかったか?」

 

「木イチゴは見つけとらん。

ヘビイチゴはあったけどな。

 

あれは酸っぱくて食えん」

 

「腹減ったなぁ・・・

 

そろそろ帰る?

もうちょっと見てまわる?」

 

「そだなぁ。

 

・・・なぁ、

お前に頼みがあるんじゃ。

 

お前にしか頼めん」

 

「なに?」

 

「あのな、俺も腹減っとるんよ。

お前のな、手ぇ、食わせてくれん?」

 

「手ぇ?

 

じゃあ、かぶれてない方の手ぇ

食わしちゃるよ。

 

ソンチョだから、

食わせちゃるんだからな。

 

他のヤツだったら食わせんぞ」

 

「ごめんな、ごめんな・・・

俺、食うたことないから。

 

痛かったら、ごめんな」

 

「いいって。

ダチンコじゃろ、俺達。

 

ソンチョ、おまつりなんじゃから、

もっと偉そうにしていいんよ」

 

最初に正気に戻ったのは俺だった。

 

右手に激痛を感じて

ハッと我に返ると、

 

ソンチョが俺の右手に噛みついて、

噛み切ろうと頭を激しく揺らしていた。

 

「アカン!アカンって!

ソンチョ、やめてくれ!

 

血ぃ、血ぃ出とるよ!」

 

記憶が途切れているとか、

そんなことはない。

 

はっきりと『手を食わせてくれ』

と言われ、

 

俺はさっきまで確かに

 

『ソンチョになら食わせてやるよ』

と本気でそう思っていた。

 

ソンチョをばーんと突き飛ばすと、

 

ソンチョは石段から転げ落ちて

地面に額をぶつけた。

 

ソンチョはおでこをさすりながら

石段の上の俺を見上げた。

 

「なんでじゃ。

手ぇぐらいええじゃろ!

 

俺はおまつりだぞ!

手ぇぐらいええじゃろ!」

 

気付けばソンチョは

涙を流していた。

 

その涙が額を打った

痛みからなのか、

 

俺の手を食えない

ことからなのか、

 

その時はわからなかった。

 

本当は、そのどっちでも

なかったのだが。

 

「うぅ、痛い。

ソンチョ、アカンって。

 

もとに戻ってくれ、

 

ソンチョ、

もとに戻ってくれ」

 

臆病者の俺だったが、

 

その時は怖いという感情を

抱かなかった。

 

それよりも、

 

ソンチョをもとに戻さないと、

という使命感でいっぱいだった。

 

自分自身もさっきまで

狂っていたからだろうか、

 

額からは自らの血を流し、

 

口の周りを俺の血で染めた

ソンチョを見ても、

 

怖くはなかった。

 

「ソンチョ!!!」

 

いつの間にか俺も

涙を流していたが、

 

最後の一声でソンチョも

正気を取り戻してくれた。

 

「俺、お前の手ぇ

食おうとしたんか」

 

「もとに戻ったんか。

 

あれはソンチョじゃないよ、

ソンチョもわかっちょるじゃろ」

 

「うん、あれは俺じゃない。

けど、けどごめんな。

 

俺、お前を食おうとした」

 

「ええて、ソンチョ。

それより、手ぇ、痛い」

 

「お前、手ぇから

むちゃくちゃ血でとるぞ!

 

腕に巻いてる靴下で

血止めろよ!」

 

「そんなん言ったらソンチョだって、

おでこから血ぃ出てるよ」

 

「ホントじゃ!出とる!」

 

二人とも正気に戻ると、

 

今度は怪我の痛みを

激しく感じるようになった。

 

(続く)田舎村の風習 4/8へ

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