働いていた店のリネン室で
私は２年前まで夜の仕事をしていて、その時に在籍していた店での体験です。
ここには人の紹介で入店しました。
とにかく稼げるし、なによりあんたは若いから店長さんも喜ぶよ、と。
当時の私は２３歳で、そんなに若くないのでは？とは思ったのですが、面接に行くと女性の店長は本当に大喜び。
「若くて可愛くていいわね～！よろしくね！」
即入店が決まりました。
なんて言ってるの？教えて？
働いてみて分かったのですが、この店は女の子の平均年齢がとても上なんです。
本人に聞いた訳ではないので正確ではないのですが、ざっと見ただけでも全員４０は越えているような･･･。
なるほど。
これなら私が入ったらメリハリがつくし、喜ぶだろうなぁと納得しました。
実際、かなり適当な仕事ぶりなのに、待遇も他の人たちよりも良くしてもらっていました。
そして恥ずかしながら、だいぶ調子に乗ってもいました。
働き始めて４～５ヶ月くらい経った頃、それまで二人いたボーイさんのうちの一人が辞めてしまいました。
大きな店ではないのですが、一人減ると仕事が増えて大変なようで。
それまでボーイさんがしてくれていた事も、出来る範囲は自分たちでする事になりました。
実を言うと、私は他の人たちには内緒という事で、シーツを敷いたりタオルをセットしたりの部屋の準備もやってもらっていたのです。
当たり前の話なのですが、それも今度からは自分でする事に。
「ごめんね、Ｎちゃん（私）。明日からよろしく頼むわね～」
そう店長に言われ、内心舌打ちしながらもＯＫしました。
次の日の夕方、出勤したらまず自分の部屋へ行き、着替えてから４階のリネン置き場へ。
しょうがない、面倒だけど運ぶか･･･とタオルに手をかけた時、「･････に････げる」。
「え？」
もちろん、そこには誰もいません。
リネン類の置き場は狭く、人一人が入るスペースの他は全てタオルやシーツが高々と積まれてあるだけです。
他の人たちが出勤してきたのかな？と思い、各部屋がある所まで行ってみますが、やっぱり誰もいない。
ボーイさんや店長は室内用のスリッパを履いているので、足音がしたらすぐ分かるし･･･。
おかしいなぁとは思いましたが、図太い私は気にも留めず、さっさと部屋へ戻りました。
それからは、リネン置き場へ行く度にそれは聞こえます。
細くて、でも芯のある女の人の声。
「･････に･･て･･･げる」
所々よく聞こえないけれど、空耳じゃないのは明らかです。
でも何を言っているのかまでは分からない。
正直、面白かったです。
なんだか分からないモノと交流できるかも？！面白くもなんともないと思っていた職場にこんな事があったのか！とワクワクしていました。
どうにかして聞き取りたい。
でも霊感は無いし･･･。
そんな話をある時に付いたお客さんにしたところ、「なんでもいいから返事してごらん」と言われました。
「何でもって･･･。でも何言ってるか分かんないし･･･」
「それでいいんだよ。なんて言ってるの？教えて？って言ってごらん」
半信半疑でしたが、これ以外には思いつかず、早速帰りに実行してみる事にしました。
他の人たちがみんな帰ったのを確認して、こっそりリネン置き場へ。
ここは少し変わった造りになっていて、本来なら踊り場があるはずの場所に、無理やり扉と仕切りを付けて小部屋にした感じになっています。
扉のすぐ下は階下へと続く急な階段。
上に続いている階段部分もベニヤで遮られ、タオルが塞ぐように積まれています。
空調なんて無いですから、暑くてしょうがなかったのですが･･･。
知りたい欲求には勝てず、積まれたシーツを椅子代わりにして声を待ちました。
何分経ったかは分かりません。
暑さで麻痺していたのかも知れません。
でも、そう長い時間は経っていないと思いますが、聞こえてきました。
「･････に･･･げる」
やった！！
声の主にすかさず質問します。
「あのぉ、なんて言ってるの？」
「･･･そ･･に･･し･･･る」
「ごめぇん。もぅちょっとだけ大きい声でお願いしまぁす」
「･････････に･･･････」
「あれ、なんかますます聞こえな･･」
私が喋り終える前に、その声ははっきりと聞き取れました。
「おそろいにしてあげる」
聞こえたのは右耳の真横でした。
同時に、体は階段を滑るように落ちていました。
凄い音がしたらしく、飛んできた店長に発見されて、私は救急車へ乗せられ病院へ連れて行かれました。
右足を複雑骨折し、右手首骨折、それに右肩脱臼。
なぜか右耳の鼓膜には穴が開いていました。
落ちた時の格好が悪かったんだろう、という話になりましたが･･･。
その後すぐ、私は店を辞めると同時にこの手の仕事から足を洗ったので、あの声やあの場所についての詳細は分かりません。
（終）
