彼が亡くなる前の週の出来事

携帯電話

 

彼が2年前の10月22日に事故で死んでしまいました。

 

バイクに乗っている彼の前を、不意に左から曲がってきたトラックの下敷きになって・・・。

 

ご両親からは「ほぼ即死だっただろう」という警察の話を教えてもらいました。

 

不思議な体験は、その前の週の日曜日に起きました。

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あるはずのない彼からの着信

彼とドライブへ出かけて家まで送ってもらい、夕方6時くらいに別れて彼は自宅に帰っていきました。

 

すると、すぐ携帯に着信が入りました。

 

彼からでした。

 

あれ?何か忘れていた事でもあったのかな?と思い電話に出ると、とても長い、まさしく断末魔のような叫び声の後、「痛い!痛い!」という叫び声が。

 

「痛い痛い、どうして、どうして、助けて、助けて」と唸りのような絶叫をずっと繰り返して、それが彼の声かどうかも分かりませんでした。

 

でも着信は彼の携帯からでした。

 

何かがあって助けを求めている。

 

それだけが悲痛に分かりました。

 

いたたまれずに彼の帰っていった道を駆け出しながら、「どうしたの?どうしたの?」と訊ね続けましたが彼は応対せず、「痛い、痛い」とずっと叫んでいました。

 

やがて、ガハガハと何かを吐き出すような荒い息と共に、「あい、あいし・・・」。

 

きっと、愛してると言ってくれていたのだろうと信じています。

 

彼はいつも私を抱いて、「愛してるか?幸せか?」と口癖のように言っていました。

 

そんな彼の言葉に飽き飽きしていた私は、いつもぶっきらぼうに「愛してるし、幸せ」と答えていました。

 

その時の私は必死に「愛してる!愛してる!」、そんな風に叫んでいたと思います。

 

やがて「ふぅーっ」と大きく長いため息が聞こえ、電話が切れました。

 

何が何だか分からず、でも普段そんな冗談はしない彼でしたから、大変な事が起きている事を察知して、私はすぐに電話をかけ直しました。

 

しかし繋がりません。

 

何度かけても留守電になってしまいます。

 

私はもうどうしようもなく、道端に座りこんだままずっと携帯を鳴らし続けました。

 

何もかもが分からず、呆然と1時間くらい座り込んでいたと思います。

 

そんな時、彼の携帯から着信がありました。

 

電話に出ると、平然とした声で「どうした?」と訊かれ、私は唖然。

 

結局、彼は電話などしていないと言いました。

 

そりゃそうです。

 

彼はバイクに乗っていたので、電話をかけることも出ることも出来なかったはずなのですから。

 

しかし、彼の携帯にも私との通話記録が残っていました。

 

私の家を出発してすぐの時間の発信でした。

 

その場では「何かの衝撃で発信してしまって、バイクの音を彼の声と勘違いしたのだろう」ということになりました。

 

確かにありえない話ではないですから、私も納得して「馬鹿な奴」ということでその場は収まりました。

 

その翌週、彼は事故で帰らなくなってしまいました。

 

偶然なのでしょうか。

 

考えたくはないのですが、彼はあの電話のように苦しんだ挙句、死んでいってしまったのではないでしょうか。

 

彼はその日、携帯を家に忘れていたそうです。

 

かけられるわけのない電話。

 

きっと、最期に私に電話をかけたいという思いが・・・。

 

馬鹿な話かもしれませんが、時空を超えて「愛してるか?幸せか?」、それを聞きたかったのだと私は思っています。

 

馬鹿ですよね、彼無しでは幸せなわけがありません。

 

(終)

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