神隠しの伝承がある場所で怪談を始めたら 2/2
「百物語って知ってるか?」
恐怖にパニック寸前の私を尻目に、先輩は話を続ける。
「ああ、ロウソクを100本立てて、一話毎にロウソクを消していくってやつでしたよね」とB。
「俺たちそれ出来ましたね。ま、車内で100本もロウソク立てられないけど」とA。
「ああ。で、100本目が消えると妖怪や幽霊が現れる」と先輩。
「俺たちもロウソクを消していたら現れますかね?」とB。
(ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って)
先輩の話に平然と相手をしているAとBに対して、すでにパニックになりかかっている私。
叫び出したかったが、恐怖のためか、緊張のためか、声が出ない。
「ああ、出るかもな。でもさ、実は百物語っていうのは、最初は真っ暗な中、屋外で怪談百話を話すものだったんだ」
「へえ、初めて知った」とB。
「この辺りでは少なくともそうだったらしい。で、百話を話し終わると妖怪が出るんじゃなくて、そういうモノがいる異界への扉が開いてそこに引き込まれるってものだったんだ」
先輩が妙に感情の無い声で話す。
「へえ、異界への扉って漫画みたいですね」とB。
「ああ。で、明治の帝大教授や昭和の院生も、この地に伝わるその伝説を聞いて・・・」
「ちょっと待ってよ、みんな!!」
やっと声を放つ私。
「なんだよ○○、ビビったのか?」とA。
「そうじゃないよ。先輩、ここ何処ですか?周り真っ暗で街灯一つ無いし、何時になったら高速に出るんですか?」
恐怖でほとんど涙声になっていた。
叫んでいるうちに気が付いたが、この車、一度も止まっていない。
いや、よくよく考えてみると、曲がった気配すらない。
周りは真っ暗なのに、ヘッドライトすら点いていない。
前方も真っ暗な闇。
(なぜ今頃気が付いているんだ!!)
自分に毒づいたが、このまま先輩に話を続けさせたら危ない。
いや、そんな生易しいものですらなくなる。
なんと言うのか、そんな言いようのない本能的な恐怖に駆られ、私はパニックと恐怖で涙声になりながらも続けた。
「よく考えろよ。なんでこんな周り真っ暗なんだよ!99話怪談話したんだろ?一体何時間経っているんだよ?なのに、なぜ何処にも着かないんだよ!!」
「もうすぐ着く。いいから黙ってろ」
抑揚と感情の無い先輩の声がしたが、先輩ではない誰かが話している、そんな感じの声だった。
「その前に車を止めてください!!とにかく!!」
ここで黙ったらおしまいだ。
とにかく先輩にこれ以上は話をさせてはいけない。
絶叫に近い声で先輩に言った。
「せ、先輩・・・、とにかく車止めましょうよ」とB。
やっと現状に気が付いたのか、Bも少々慌てた声で先輩に言う。
「話しが終わったら着くから黙って聞けって」
相変わらず抑揚の無い声で話す先輩。
「B、ブレーキ踏め!ブレーキ!」
完全にパニック状態の私。
「先輩、話の前に車止めてドア開けてください!そしたら聞いてもいいですから先輩の話!」
Aもすでにパニック状態なのか、大声で叫んでいる。
「この山で、百物語を・・・」
完全にパニック状態の我々3人を尻目に、先輩が抑揚と感情の無い声で続ける。
「先輩、すみません!!」
Bはそう言うと、先輩の横っ面をおもいっきり殴った。
キィキィキィー。
急ブレーキの甲高い悲鳴と共に、やっと車が止まった。
シートベルトを着けていたが、前席に頭を強くぶつけた。
「ああ、すまんみんな。大丈夫か?」と先輩。
周りを見ると、遠くには民家の明かりが見え、道の先にある街灯も見える。
何よりも、ヘッドライトの明かりが見える。
(も、戻れた!)
なぜそう思ったかは分からないが、安堵感と恐怖から解放されて、全身の力が抜けていくのを感じた。
先輩は車から降りて、車の前の方を確認していた。
「すまん、目の前を横切った白い影が見えたもんで。・・・って、どうしたんだ、お前ら?」
車内3人の尋常ならざる雰囲気に、先輩が質問する。
少なくとも先ほどの先輩ではなく、いつもの先輩であることに間違えはないようだ。
我々3人も外の空気を吸うため車外に出て、落ち着いた後、今までの経緯を先輩に話した。
「お前ら、俺を担いでいるのか?」
先輩の話だと、山道に入って「この辺りに神隠しの伝説がある」と話した時、黒いモヤのようなものがかかった感覚があったので、眠気に襲われたか?と思ったら、なんだか白い影が見えたので急ブレーキを踏んだとの事。
そう、その後の事は先輩の記憶には無かった。
先輩の話だと、明治時代や昭和30年代に、確かにこの辺では神隠し事件があったと。
この辺りでは、屋外で夜が更けてから夜明けまでの間に百話怪談をすると異界に行ける、という伝承があると。
また地元の郷土史研究家たちが言うには、戦国や江戸時代はまだまだ過酷で、飢饉などに結構頻繁に見舞われていた時代。(この辺りは土地が痩せていて貧しい地域だったとか)
そういった『苦しい浮世を捨てて別世界に行きたい』的な信仰があったから、そんな伝承が生まれたのではないか?とも。
明治時代の教授たちや昭和30年代の大学院生たちは、それを実行したと言われているのだとか。
「確かに俺も、その話を聞いた時はやってみたいなって思った事はあったけど・・・」
先輩も、さすがに青い顔をしていた。
時間を見ると、深夜1時30分を過ぎた頃だった。
山道の入り口は、近くではないが下に見えた。
そして車の横には、小さな石造りの祠が見える。
みんなでその祠にお祈りをした後、車に乗り込んだ。
不可思議な体験の後だったが、もう大丈夫という妙な安堵感があり、恐怖はあまり感じなかった。
「悪りぃ、左の頬が少し痛むんで高速の入り口で運転代わってくれ」
「あ・・・、ああ、いいですよ。俺が運転しますんで」とB。
その後は何事もなく、無事に東京へ着いた。
だがその後、いくら思い出そうとしても30話近くも自分で話した怪談話が思い出せない。
最初に話した数話は確かに覚えているが、その後にどんな話をしたのかが全く思い出せないのだ。
しかし、あの不可思議な体験、何よりもあの真っ暗な光景は、今でもはっきりと覚えている。
最近、部のOB会で久しぶりに先輩とAとBに会った。
話題になったのは、やはりあの時の不可思議な体験だ。
「まあ、集団催眠みたいな状態だったのかもな」
あの不可思議な体験を無理やり説明づけようとする我々3人。
そんな我々3人に対し、少々躊躇ってから先輩が、「実はな、あの道で最近失踪事件が起こったんだ」と。
何でも、地元の若者たちの乗った車があの道に入ったのを目撃されたのを最後に、その後は行方不明になっているのだとか。
(終)