忘れられた部屋(後編)
401号室の住人 、
「え、404号室は
なかったんじゃなかったって?
んーそういえばそんな気もするけど
今あるってことは
最初からあったんだろう」
402号室の住人 、
「404号室ですか。
確かに最初はありませんでしたよ。
いつのまにか出来て、
人が住んでるみたいですね。
ちょっと変だけどまあ、
特にこっちに迷惑がかかる
わけでもないし・・・」
403号室の住人、
「お隣さん?引越しの時に
挨拶したけど別に普通だったよ」
405号室の住人、
「隣の方ですか?
黒尽くめでかっこいいですよねえ。
俳優さんかな」
どういうことだ?
他の階に行ってみると
全てドアは4つだ。
4階だけ5つあるってことは、
404号室の分だけ
どっかから沸いて出てきたって
ことになるじゃあないか。
管理人にも聞いてみよう。
管理人、
「404号室に引っ越すって
言ってきた時は、
何かの間違いだと思ったけど。
あの人と一緒に4階に行ったら
本当にあったねえ。
びっくりしたけど、
世の中はいろいろあるからねえ。
書類もきっちりしているし、
オーナーも承知だし、
何の問題もないだろう」
「何か変わったことはないですか?」
「お客さんが多い人みたいだよ。
妙にのっぺりした顔の人が多いね。
前に仕事を尋ねた時があるけど、
相談所なんかをしてるみたいだよ。
お国の人の悩みを
聞いてあげてるそうだよ」
隣の部屋の奴らも管理人も、
もっと不思議がれよ。
都会人が他人に無関心というのは
本当らしい。
もう一度、4階に行ってみようと思い、
奴の部屋のベルを再び鳴らす。
「また、あなたですか・・・。
いい加減にしていただきたいな」
「ちょっと、部屋の中を
見せてくれないか」
「断る。私は金を払って
この部屋を借りている。
あなたに勝手に入る権利はない」
その通りだ。
しかし、どうしても我慢できない。
無理矢理に中を見てやろうと、
奴を押しのけるように
部屋に入ろうとした。
その時、ゴツンと何も無い空間に
手応えが合った。
なんだこれは。
何も無いのに、まるで
防弾ガラスでもあるようだ。
「部屋は、用も無いものが
入ることを許さない・・・」
「私は管理会社のものだぞ」
「だからと言って、
無断に立ち入る権利はない」
くそっ、その通りだ。
奴と問答していると、
エレベータが開いて人の声がした。
「お、ここだここだ。
えー404号室か。
あ、こんにちはー、
ご注文のものを届けに来ました」
「待っていた・・・。この部屋だ。
運び込んでくれ」
「はい、わかりました」
そう言うと業者は、
私がはじかれた空間を
何の抵抗も受けずに、
通り抜け部屋に入っていった。
「おい、どうしてあいつは入れるんだ」
「彼は荷物を届けるのが仕事であり、
ゆえに部屋に入らなければ
ならないからだ・・・」
筋は通っている。
なんとか私も用事を考えようとしたが、
駄目だ、何も思いつかない。
この場は引き下がるが、
絶対に部屋の中を見てやる。
どんな手品かしれないが、
タネは絶対にあるはずだ。
そのからくりを暴いてやる。
それから仕事も手につかなくなった。
なんとか奴に一泡吹かせてやろうと、
色々考えたが、
どうしても用事が思いつかない。
「君、最近ふわふわしているが、
どうかしたのかね」
所長に声をかけられた。
「あ、実は」
と、今までの経緯を
すべて話すと・・・。
「ふうむ、君それはいけないよ。
お客様のプライバシーに、
踏み込むようなことは
しちゃいけないなあ」
「でも、奴は住んでるんですよ。
404号室に」
「確かに不思議だが。
しかし家賃はしっかり払ってくれている。
管理会社として、
それ以上なにを望むんだね」
「妙だと思いませんか」
「思わんね」
「何故」
「金は払ってくれているからだ」
埒があかない。
「お客様に迷惑をかけたり
するようなことがあれば、
君の査定にも影響してくるぞ。
さあ、くだらないことに
迷わされていないで、
しっかり働くんだ」
くだらない?くだらないことか?
所長も管理人も他の住人も、どうかしてる。
しかし、遂に私の疑問も
解ける時が来た。
一ヵ月後のことだ、
「ああ、君。
こないだの404号室の方が
退去されるそうだ。
明渡しに立ち会ってくれ」
やった。
とうとう用事が出来た。
これはケチのつけようがない、
立派な用事だ。
退去する時とは残念だが、
必ずタネを暴いてやる。
「くれぐれも失礼なことはするなよ」
404号室のベルを鳴らす。
「やあ、入らせてもらうよ」
ドアが開くや否や足を踏み出す。
よし!。
今度ははじかれることもなく、
すんなりと部屋にはいれた。
こんなにあっさり入れると、
ちょっと拍子抜けするほどだ。
「はやく確認を済ませてくれないか」
黒尽くめのゴキブリが、
なんか言ってるが知ったことか。
私はとうとう入れた部屋の中を、
じっくりと確認した。
何かおかしなことはないか、
どこか妙なところはないかと
必死に探した。
しかし、小一時間も探したが、
何一つ妙なところはない。
ごく普通の部屋だ。
私はすっかり困り果ててしまった。
「参った。降参だよ。
いったいどうやったのか
本当に知りたいんだ。
教えてくれないか」
「なんのことだ・・・」
「この部屋だよ。どうやって
一部屋余分に繰り出したんだ」
「私は何もしていない。
契約だから部屋が出来た。
契約終了と同時に部屋は消える・・・。
もう確認は済んだだろう。
私は帰らせてもらうが、
あんたはどうするんだ」
すっとぼけやがって。
何が契約だよ。
うまいこと言いやがって、
きっと何か秘密道具でも
仕掛けてあるんだろう。
何がなんでも探してやる。
「ああーいいとも。
確認は終わったよ。
きれいなもんだ」
「一緒に帰らないか・・・」
こんな薄気味の悪い奴と、
並んで歩くのなんてまっぴらだ。
「クク・・では、お先に・・・」
そういうと奴は部屋を出て行った。
それから奴が帰った後も、
ひたすら部屋の中を探ったが
何もわからない。
気が付けば外も薄暗くなって、
どうやら、もう夕方のようだ。
「一旦帰るか」
私はドアを開けて帰ろうとした・・・。
が、ドアが開かないのだ。
カギをいじくってもだめだ。
いやな予感がして、
窓を開けようとしたがこれも開かない。
ベランダにも出れない。
ふと時計を見る、午後3時。
なのに、どんどん暗くなっていく。
外から歩く音がする。
4階の他の住人が
廊下を歩いているようだ。
ドアを叩き「おーい、あけてくれ」
と叫んだ。
住人は全く気づかず通り過ぎる。
そもそも何で外が薄暗いんだ。
今はまだ3時なのに、なんで暗くなるんだ。
外を見ると、今までの光景と
全く違っている。
今まで外に見えていたのは、
普通のどうってことない町並みだ。
なのに今、外には何も見えない。
真っ暗な空間がぽっかりあるだけだ。
それから半年が過ぎた。
奴の言葉が思い出される。
「契約終了と同時に部屋は消える・・・」
もしかすると、
部屋は消えたくないんじゃあないのか。
契約終了ってことは、
私が現状確認をして、
この部屋を出ていくことだ。
つまり、私がこの中にいる限り、
この部屋は存在できる・・・。
部屋は私を死なせたくないようだ。
備え付けの冷蔵庫の中には、
いつも食料がたっぷりだ。
どういう仕組みか水も出るし、
電気も通っている。
ここから出たい。
私は一生このままなのだろうか・・・。
(終)