曲がり角の向こうから突如現れた奇妙な指先
これは、俺が高校2年生の頃の話。
俺は重い持病を持っていた。
それが原因で、長期休み中は検査の為にいつも入院しなければならなかった。
折角の夏休みを半月近くも病院で過ごさなければならなかったが、意外に同年代の奴も多く、友達も出来たりして案外楽しいものだった。
そんな風に入院ライフを満喫していたある日のこと、俺は夜中にトイレに行きたくなった。
もう頭の中はパニック寸前
当時、その病院はまだ建てられたばかりで、内装も綺麗なものだったが、やはり夜の病院は怖い。
少しビクビクしながらトイレへ向かった。
トイレの手前は曲がり角になっている。
その曲がり角の手前まで来た時、突然曲がり角の向こうからにゅっと『指先』が現れた。
ちょうど角に掴るような感じで、指先だけが角の先に出てきたのだ。
「!!!」
正直、俺はメチャクチャ怖かった。
だが、以前にもここで曲がった直後、同じく入院していた爺さんといきなり鉢合わせしてしまい、失礼なことに「っひゃ!?」などと情けない悲鳴を上げたことがある。
だから今回も、ちょうど誰かがトイレから出てきたんだな、と思った。
しかし、どうにも様子がおかしい。
トイレまでの通路は結構狭く、点滴を付けた患者さんなんかだとすれ違うのはなかなか困難。
なので、すれ違おうとせずに角の手前で待っていたのだが、いつまで経ってもその指先の主が出てくる気配がないのだ。
1分経っても微動だにしない指先を見て、もしかしたらヤバい?と本能が警鐘を鳴らし始めた。
だが、もしここでこの指先から目を逸らしてしまったら、その瞬間に曲がり角の向こうにいる何者かが自分を角の向こう側に引きずりこんでしまいそうな気がして、どうしても目を逸らすことが出来なかった。
どうすることも出来ず、指先を何分ほど見つめていただろうか。
すると、全く動こうとしなかった指先が突如動き始めた。
ゆっくりと指を波の様にくねらせながら、それはまるでムカデが歩く時のような妙に嫌な感じの動きで、角を伝いながら上へ上へと上がっていく。
最初は俺の肩の位置くらいにあった指先が、目の高さになり、頭の高さになり、とうとう天井近くまでの高さになってしまった。
ヤバいな・・・これ、絶対に人間ではない。
失礼な話だが、さっきまではもしかしたらここは病院だから、この指先の主はいわゆる『おかしい人』なのかもしれない、それでこんな意味の分からない行動を取っているのかもしれない、という考えもあったが、もうそんな疑念は消し飛んだ。
指先の位置はもう、俺の身長の2倍以上の高さにある。
明らかに人間の届く高さではない。
あれが天井に届いたら次はどうなる?
まさか出てくるのか?
自分の思考にかなりの恐怖を感じた。
そんなことを考えているうちに、とうとう指先は天井まで上がりきってしまった。
どうなる?
どうなる!?
もう頭の中はパニック寸前だったかもしれない。
しかし指先は天井に届くと、現れた時と同じくらいの唐突さで角の向こう側にサッと引っ込んでしまった。
指先が見えなくなった後も、しばらくその角から目が離せなかったが、もうそれ以上は何も起こらなかった。
けれども、さすがにその先のトイレを使う気には到底なれず、迷惑承知で個室にいる奴のところに頼み込んでトイレを貸してもらった。
この話はこれでお終い。
ちなみに、今でも俺はこの病院に通院しており、相変わらず長期休暇には入院もしている。
だが、あんな恐怖体験をしたのは、あの時の一度きりだけ。
今度また同じような状況に遭遇すれば、今度は角の向こうを覗いてみようと思っている。
ただ、臆病な俺には無理かもしれないが・・・。
それに妙に印象に残っていることがある。
もし幽霊なら、もっと極端に色が白かったり、肌が老人みたいだったり、爪が黄ばんでいたりと勝手に想像するが、あの指先は健康そのものだった。
少なくとも俺なんかよりよっぽど健康そうだった。
だからこそ、最初は人の手だと信じて疑わなかったし、それだけに俺の恐怖心も膨れ上がったのだ。
(終)