夜中の騒音で喧嘩沙汰になった翌朝に
これは、私が住んでいた漁師町で起きた出来事。
高校は受験に落ちて行けず、私はすぐに土方になった。
夜中2時頃になると、1隻の船のエンジン始動とアイドリングがうるさくて起きる。
ポッポ船と呼ばれるもので、昭和中期に造られたオンボロ船。
うるさくて当然ではあるものの、日に日にそれがストレスになっていった。
寝不足をこじらせた私は、とうとう文句を言いに湾まで行った。
「おっちゃん!オレ明日5時起きやのにうるさいんや!家がボロやから揺れるし、めちゃくちゃうるさい。湾の中でエンジンかけるのやめてくれや!」
その当時、15歳の少年にそんなことを言われる大人がする行動は、まず間違いなく殴りにくる。
丸太のような太い腕のおっさんと、もちろん喧嘩になった。
次第に漁師仲間も集まってきて、ついには乱闘騒ぎに。
間もなく近所の人が通報して警察がやって来て、喧嘩を止められ、事情聴取と拘留された後、朝になって解放された。
しかし自宅に帰ると、玄関の前で知らない婆さんが正座をして申し訳なさそうに謝ってきた。
「○○(喧嘩したおっさん)の母です。あの船はもうなんべんも修理してるんですが音がうるさいんです。ほんまにすんません。でもお父ちゃんの形見なんです。許したってください」
腹が立っていたこともあり、私は婆さんの言葉を無視してそのまま家に入った。
それから半年ほどした頃、贔屓(ひいき)にしているお好み焼き屋さんで、偶然にも喧嘩したおっさんと遭遇した。
おっさんは、以前のことを謝ってきた。
私も悪いとは思っていたので謝り返し、母親が謝りに来ていたことを告げた。
すると、母親は10年も前に他界していることを告げられた上に、紫の浴衣に白い割烹着、垂れた目に大仏のようなパーマという特徴を伝えると、間違いなくそれはおっさんの母親だという。
船がお父さんの形見というのも本当で、何度修理しても音が小さくならないのも本当で、偶然にしては情報が具体的すぎるということで、あの婆さんは『おっさんの母親の幽霊』だという納得できるだけの証拠になった。
そんな会話をしてからは、湾の裏でエンジン始動をしてくれるようになり、平和に暮らせるようになった。
(終)