梱包された荷物に取り巻く黒いモヤ
これは姉が体験した、ちょっと切ない怪話。
ある時、旦那さんの転勤で住んでいた社宅を引き払い、新任地の社宅アパートへ移った。
引っ越し当日、部屋でちょっとした掃除をしたり、この間取りにどう家具を置こうかなと思案しながら、荷物が運ばれてくるのを待っていたそう。
来られた引っ越し屋さんの3人はベテランらしく、手際よく荷物を搬入してくる。
まずはカーペットを入れて、次は大きな家電や家具を運び入れ始めた。
姉の指示で家具類が部屋の要所要所に置かれ、梱包が解かれていく。
そしていよいよ引っ越し最大の山場、冷蔵庫の出番。
旦那さんも含めて全員で冷蔵庫を運ぶつもりらしく、とりあえず男は玄関の外に集合する。
一時的に部屋には姉一人が取り残された。
その時に姉は運ばれた家具の中で、比較的小さなチェスト一つだけが梱包されたままになっていることに気づいた。
冷蔵庫が無事に置かれれば梱包も解いてもらえるだろう。
でも、あれは何だろう?
和室の隅、畳の上にそれはあるのだが、なんだか妙に黒っぽく見える。
チェストはブルーのキルティング生地で包まれ、手で持ちやすいようにその上から青いゴムで編んだ太いネットが掛けられている。
そのネットの周りにモヤモヤと、黒い煙が取り巻いているようだった。
姉は部屋の入り口からチェストをじっと見つめた。
すると、そのモヤは急に盛り上がり、ゆっくりと形が変わり始めた。
みるみる人の姿になり、それは青黒く、長めの半ズボンを履いた上半身裸の男の後ろ姿だった。
深く俯いているのか、頭は見えなかった。
「奥さん、これ台所のどの辺に置きます?」
引っ越し屋さんの声に姉はハッと我に返ると、後ろには冷蔵庫が運ばれてきていた。
慌てて冷蔵庫の置き場所を指定する。
冷蔵庫の位置が決まると、引っ越し屋さんの一人が何の躊躇もなくチェストに近づき、手早くネットとキルティングを外してしまった。
その時にはもう、青黒い影は跡形もなく消えていた。
夫婦二人だけの荷物なので、雑貨や衣類の段ボール箱もすぐ運び終わり、すぐに食器やら本やらを取り出し始めた。
そしてチェストに雑貨を入れようとした時、チェストの周辺に埃のようなものが落ちていることに気づく。
あらヤダ、来た時は気がつかなかったし、引っ越し屋さんは梱包資材を片づける時にざっと掃除をしていってくれたはずなのに。
よく見ると、その埃のようなものは“砂”だった。
それも、日本なら沖縄にでも行かなければ見られないような真っ白い細かな砂。
それをホウキで集めていたら、ふわっと濃い潮の香りがした。
姉は、ああ…あのネットにはサーフボードが包まれていたんだなぁ、と思ったんだそう。
それ以降は特に何も変わったことはなかったようだが、姉は少し悲しそうにぼそっと言った。
「そのネットはこの後もいろんな引っ越しの現場で使われるんだろうなぁ。あの青黒いサーファーさんは、ずっとあのネットにくっついていくのかなぁ」と。
(終)