死んだ女の子がいっぱい見える人
某チェーン店の居酒屋で
バイトしてた頃の話。
Mさんという、
40代の常連がいた。
俺がバイトを始めた頃から、
店に一人でやって来る
ようになったのだが、
ひと月ほどは
毎晩のように通って来た。
何でも、
居酒屋近くのビジネスホテルに
滞在しているらしい。
大体、閉店間際に
ふらりとやって来て、
本人定番のつまみを注文する。
それでお互い顔を覚えて、
いつしか気安く対応する
間柄になっていた。
何せ、小さな店舗で、
オヤジ系居酒屋だったこともあって、
カウンター内で洗い物をしていると、
良く話し掛けてきた。
いつものようにモツの煮込みを出すと、
Mさんは気味の悪い話を始めた。
若い頃にヘマをしでかし、
その筋の方に拉致されて、
ダムの工事現場に連れて
行かれた時の話だそうだ。
Mさんは普通の労働者とは違って、
飯場のような所に
軟禁させていたらしい。
そこには似たような境遇の人達が、
十人ほど居たという。
場所は、
人里離れた山の中。
食事の支度は、飯炊き女(50代)が
まかなっていたそうだが、
当然、食材は近くの村から
配達してもらったという。
ある夜、
工事現場に繋がる
唯一の道路が、
大雨で不通になってしまった。
復旧の目処が立たないうちに、
三日が過ぎたそうだ。
蓄えていた食料も底を尽き、
全員パニックに陥ったらしい。
その時、
みんなが目をつけたのは、
飯炊き女が残飯を食べさせていた、
雑種犬。
Mさんは詳しく話さなかったが、
とにかくその犬を食べて
飢えを凌いだという。
「それからなんだよ。
動物って分かってんのかね?
俺を見たら、どんな犬も
吠えやがるんだ。
睨み付けてよ」
俺も、Mさんが裏稼業の人間であることは
薄々だが分かっていた。
相手は店の客だし、
深い付き合いには
ならないつもりでもいた。
でもMさんは
俺のことを気に入ったらしく、
仕事が終わったら飲みに行こうと
誘ってくるようになった。
最初は断っていたが、
ある夜、
勧められたビールで
少し酔った俺は、
誘いに応じてしまった。
「顔の利く店があるから」
Mさんは、東南アジアから
タレントを連れて来るプロモーター
だと自称していたが、
実はブローカーだった。
連れて行かれた店も、
フィリピン系のパブ。
かなりきわどい店だったが、
貧乏学生だった俺は
結構楽しんでしまった。
Mさんは女の子と延々
カラオケを歌っていたが、
俺はカタコトの英語で
片っ端から女の子を口説いていた。
一人すごく可愛い女の子がいて、
その子にも話し掛けようとした時、
Mさんはマイクを置いて
テーブルに戻って来た。
「その子はダメだぞ。
俺のお気にだからな」
Mさんの目は笑っていなかった。
ゾッとするくらいの凄みがあった。
周りも雰囲気を察して、
場はシラケタようになった。
俺も萎縮して、
すっかり酔いが覚めてしまった。
Mさんは何も無かったように、
再びカラオケで歌い出した。
その姿を黙って見ていた俺に、
さっきのお気にの女の子が
拙い日本語で耳打ちしてきた。
「店ノ女ノ子、全部アイツ嫌イ」
「何で?」と俺が訊ねると、
「ワカラナイ。デモ、
ナンカ見エル時アルヨ」
「何が?」
「死ンダ女ノ子ネ。
イッパイ見エルヨ」
俺は思った。
Mさん、分かるのは
犬だけじゃないみたいだぞ。
(終)