スヤスヤと眠る息子の首が
平成7年の冬、
息子が生まれた。
私には夫がいない。
いわゆる、私生児という息子だ。
(私生児=婚姻関係にない
男女の間に生まれた子供)
出産後、
いい顔しない両親に頼み込んで、
実家に帰った。
何から何まで
自分一人で育児を行い、
疲労が溜まってきた頃、
それは起こった。
今でも幻覚を見たんじゃないか
とさえ思う。
2時頃、
子供の泣き声で目を覚まし、
授乳した。
子供はミルクを飲みながら
寝てしまったが、
30分くらいでまた泣いて
起こされた。
ただでさえ肩身の狭い身なのに、
泣き声で眠れなかったとか
言われたら、こちらも困る。
私は仰向けに寝て、
うつ伏せ寝させた子供を
胸の上に乗せて、
背中をトントンと叩いて
あやしていた。
そうしながら、私もそのまま
ウトウトしてしまったらしい。
ふと目を覚ますと、
依然、胸の上に
重みと温かみがあった。
『落としたら困るし、
布団に戻そう』
と思い、
体を少し傾けた。
自分の右側に
子供がスヤスヤと、
小さな握りこぶしを握って
右向いて寝ていた。
『なんで、ここで
子供が寝てるわけ?
じゃあ、私が今、
胸に乗せているのは一体・・・』
そう思った瞬間、
体が動かなくなった。
私は金縛りの経験が
無かったのだ。
感覚的には、
足の裏と頭の天辺に
ピアノ線みたいな紐を付けられ、
反対方向に引っ張られた
ような気がした。
その時もずっと、
右側に寝ている子供は
視界に入っていた。
その子供の首がキリキリキリキリと、
こちらに向いて回り始めた。
まるで、ゼンマイで動いている
かのように見えた。
『怖い!これ以上見たくない』
と思ったのだが、
どうにも出来ず凝視していると・・・。
完全にこちらを向いた子供の顔は
白目を剥いており、
土気色をしていた。
そして、髪の毛に
月代があった。
(月代=頭髪を前額側から頭頂部に
かけて半月形に剃り落としたもの)
お侍さんがまげを落としたような
髪だった。
とっさに何かお経を、
と思ったが、
口から出たのは『何妙法蓮華経』で、
しかも聞き取れるものじゃなかった。
ただ、「うわうわうわわわ・・・」
と言ったのと変わらなかった。
完全にこっちを向いた子供は、
(どう見ても、輪郭や顔の造作は
うちの子供なのである)
スルスルと首が伸び、
光を放ち、
身体から抜け、
部屋中をぐるぐると
八の字を書くように、
凄いスピードで
飛び回り始めた。
同時に、野太い男の
笑い声が響き渡る。
なんでこんな大きな笑い声が
両親の部屋に聞こえないのだろう、
と思いながら、
ここから記憶が無い。
多分、気絶してしまったんだろう
と思う。
次の日、
私は荷物をまとめて、
慌てて自分のアパートに
逃げ帰った。
両親に話しても、
まず信じてはくれないだろうと、
この事は黙って帰った。
それからは、
悪夢のようなことは起こらず、
日々の生活の中で、
そんなことは殆ど忘れていた。
そうして4年が過ぎた。
5つ上の従兄弟が結婚した。
奥さんのSさんとは
私と歳が近いせいもあり、
わりとすぐ仲良くなった。
そしてすぐSさんは妊娠し、
出産した。
彼女の子供も男の子だった。
出産後、
1ヶ月くらいしてから、
Sさんの家までお祝いの品を
持って遊びに行った時、
彼女が神妙な顔をして言った。
「ねぇ・・・。Rさん(私)。
笑わないで聞いてくれる?」
私は、「もちろん笑わないよ、
どうしたの?」と答える。
言い難そうに彼女は言った。
「夢だったと思いたいんだけど、
夜中にK(Sさんの息子)の首が
飛び回ったの・・・」
(終)
飛頭ばん かな