耳を塞いでうずくまっていた母 1/2
その日も仕事が無事に終わり、
夕方6時頃に家へ帰ってきた。
いつものように居間に入ると、
お袋が部屋の電気も点けずに
耳を塞いでうずくまっていたんだ。
かなり面食らった俺。
こんな様子のお袋を見るのは
初めてだったので、
何かあったと焦って、
傍に駆け寄って声をかけたんだ。
俺「ちょっと、お袋!
なにかあったの?
どうしたの?
部屋も明かりも点けないで?」
いきなり声をかけたので、
お袋はかなりビックリした
様子だったけど、
俺の顔を見て安心したのか、
母「なんだ、○○(俺)か・・・
ビックリさせないでよ」
と言った。
いやいや、
ビックリしたのはこっちだし・・・
暗い部屋の中で電気も点けず、
耳を塞いでうずくまっていた
人間の言うことか?
ちょっと呆れかけていたんだけども、
そのあと、
お袋が妙な事を訊いてきた。
母「ていうか、○○・・・
どこから家に上がって来たの?」
どこから家に?
なんとも妙な問いかけに、
半ば呆れながら、
俺「あのさ、お袋。
どこから家に・・・って、
そりゃ玄関からに決まってんだろ。
っていうかさ、
どこから帰って来たと思って・・・」
そう言い終わらないうちに、
その玄関からコンコンと、
ガラスをノックする音が聞こえてきた。
俺「あれ?誰か来たかな?」
俺は誰が来たのか確認しようと
玄関の方を覗き見ようとしたんだけど、
お袋が焦った様子で止めてきた。
母「また来た・・・
さっきのあれだ絶対・・・」
さっきのあれ?
俺は何のことだか
さっぱりだったんだけども、
帰って来た時のお袋の様子と、
“さっきのあれだ”というのは
関係していると思った。
俺「ねぇ、帰って来た時、
すごく様子がおかしかったけど、
その”さっきのあれ”って奴が
原因なの?」
この問いかけに、
お袋は黙って頷き、
母「あれがね、
ずっと玄関をノックしてるの。
あんたが帰ってくる少し前から。
お母さん・・・
それが怖くて怖くて
堪らなかったの。
だからずっと耳を塞いで、
それが居なくなるの待ってたんだけど、
そうしてるうちに
あんたが帰って来たのよ、
玄関から・・・」
お袋の顔が青ざめている。
ちょっと尋常じゃないなと思った。
俺「あれって、なに?
見たんでしょ?」
お袋は顔を下に背けている。
思い出したくもないって様子だった。
この間も、
まだ玄関からコンコンという
ノックの音は続いている。
このままじゃ埒が明かないと思い、
俺「ちょっと見てくるよ。
さっきのあれとは違うかも知れないし。
宅配とか近所の人が来てたら
困るでしょ」
そう俺が言うと、
母「ダメだって!
行かない方がいい!
絶対後悔するから・・・」
と言って、
掴んだ腕を離してくれない。
俺「大丈夫だって。
なにかヤバイもんとかだったら
玄関を開けたりしないし、
ただ見てくるだけだから」
お袋が掴んでいる腕を
強引に振り払って、
俺は玄関に向かった。
うちの玄関は、
曇り硝子が張ってある引き戸なので、
玄関を開けなくても、
外にどんな奴がいるのかは
ある程度は分かる。
俺は玄関まで行き、
そのノックしている奴が
どういった奴なのか、
その曇りガラス越しに見た。
多分、お袋も来客だと思って
玄関まで行き、
これを見たんだろうね・・・
玄関に立つ『赤い人影』を。
最初に見た時は、
それほど違和感とか変なモノ
って感じはしなかった。
ただの人影だったから。
背丈は小学生くらいだったかな。
赤いってことを除けば・・・
だから、ただの来客だと思って
玄関を開けようと、
ほんと硝子一枚のところまで
近づいたんだ。
その時、
ノックする手が硝子越しに
良く見えたんだよね。
真っ赤な人の手が。
ほんとに真っ赤だった。
赤い手袋とかではなくて、
真っ赤な素手。
この時に、
『あ、これは、
生きている人間じゃないな』
ってやっと気づいた。
ただ気づいた時は、
もう遅かったんだ。
だって俺は、
玄関の戸を開けようと
近づいているわけだから。
向こうにも見えちゃっている。
ガラス越しの俺の影が。