僕が見ていた黒と青の二色の世界
これは僕が一昨年、
仲間内で旅行に行った時に
体験した出来事です。
男だけの旅行でしたが、
非常に楽しかった。
本当に楽しかった。
先に述べておくと、
僕は幸か不幸か霊感というものが
備わっているようで、
最近はそう頻繁に見る事も
無くなってきましたが、
少年時代はもうそれこそしょっちゅう
妙な体験をしていました。
夜道を汚い子供に追い駆けられたり、
明らかに死んでいるような人をよく見たり。
話を戻します。
その日はみんなでログハウスに泊まり、
酒盛りもそこそこにぼちぼち寝るか、
という流れになりました。
わりと広い室内を、
みんなが思い思いの場所で
寝ることになりました。
僕は窓際が良かったので、
同じ意見を主張するMと共に、
窓際を陣取りました。
このMという男は、
高校の時に出逢った頃から、
何か不思議と言うか、
浮世離れしていると言うか、
※浮世離れ(うきよばなれ)
考え方や生き方が世間一般の常識とかけ離れていること。
何やら変な奴だなぁと、
いつも僕は思っていました。
Mは寡黙な男なので、
※寡黙(かもく)
言葉数が少ないこと。
話もそこそこにどちらが言うまでもなく、
場を沈黙が支配して寝ることにしました。
ふと窓の外を覗くと今夜は満月で、
都会とは空気が違うせいか、
鬱陶しいくらいに月明かりが眩しかった。
周りの夜空も月にあわせて薄ら青くて、
田舎の夜はこんな感じなのか、
などと思っていました。
しかし、
窓の外の見える地の景色は、
ただただ漆黒の世界。
電灯など無い、山の中。
さぞ木々が茂っていると思われる山肌も、
奥行きも何も感じられず真っ黒でした。
僕はなんとなくMに、
「何か幽霊でもいそうだなぁ」
と話しかけました。
すると彼は、
「ああ、何かいるかも知れない」
と返事をしてきました。
僕はあまり他人の霊感とかは信じない方で、
上手くオチをつけた話をしてくる、
自称霊感女などが大嫌いでした。
僕はなんとなく言っただけなので、
「何がいるって言うんだよ」
と少し反目しました。
※反目(はんもく)
互いににらみ合いの状態にあること。
Mは少し間を置いてから、
「・・・女」
と言いました。
僕は、馬鹿馬鹿しいと思い、
寝ることにしました。
しかしその夜は、
一時間二時間と瞼を閉じても、
まどろみが訪れてきませんでした。
僕は、ずっと窓を見やっていました。
そこには真っ黒な木の枝や葉と、
その間に見える青白い夜空が、
斑(まだら)模様に僕の目に映りました。
しかし、
何やら気味が悪い感じがして、
「ここ、何かいるのかな?
気持ち悪りぃ」
と、再びMに尋ねました。
お互い窓の外を見ている状況でした。
「ああ、いるぞ。
今、そこに来ている。いる」
Mは、そう言葉を返してきました。
さすがに僕もビビり、
「どこらへんだ?」
と訊きました。
Mは「木の上」と言いました。
僕は先程から木々の上を見ていましたが、
特にそれらしき影は見当たりません。
見えるのは『黒』い木々と、
その間に見える『青』い夜空だけです。
「どこだよ?」
「分からないか?
今、お前を睨んでいるぞ?」
「どこだ?どこだ?」
僕はそれでも分からないので、
視界の中をまんべんなく凝視していました。
でもやっぱり見えるのは、
黒と青の二色の世界。
女の顔なんて・・・
そして僕は、
段々と分かり始めてきました。
理解してしまったのです。
その時は、はっきり言って
全身が凍りつきました。
黒と青の世界の中には、
真っ黒い髪の毛を中分けにした
真っ青な肌を持つ女が、
無表情に僕を見ていました。
「うわああああ!!!」
僕は絶叫しました。
なんてことだろう。
おそらく僕は気付かなかっただけで、
ずっとこの女と見つめ合っていたのです。
無表情で黒目がほとんど占める細い眼に、
真一文字に閉まった大きな口。
その顔と何度も目が合っていたのだろう。
今まで見ていた『黒』い木々と、
その間に見える『青』い夜空が、
全て女の顔に見えてくるような気がしました。
「真っ青な顔した女が見えただろう?」
とMは訊いてきました。
僕はすぐにカーテンを閉めて、
布団に包まりました。
「つ・・・憑いたりしねえよな?」
と、僕はもうすっかりMに
縋(すが)っていました。
「わからねえが、
今絶対にお前は外に出るな!」
と念を押してきました。
もちろんですが、
そんな気は起きませんでした。
(終)