神様の嫁になる祭りという風習
小学校5年生の時の話。
父の実家は地方の山中の集落にあった。
あまり親とうまくいってなかった父は、大学進学と共にほとんど帰らなくなったそうだ。
けれど、結婚して私が生まれてから、少しだけ交流が復活した。
と言っても2年に一度くらい1泊で帰るくらいで、私自身は祖父母の印象は薄い。
そして私が小学5年生の時、生まれた弟の顔見せの為に久しぶりに父の郷里へ行った。
田舎の風習は洒落にならない
祖父母の自宅に泊まるのだが、父は親戚宅の用事が長引いて帰れなくなった為、母と私、0歳児の弟だけが泊まることになった。
その日の昼から集落は賑やかで、祭りがあるとの事だった。
私は出店を期待してワクワクしていたのだが、神輿や白い旗を振り回す男の人がいるだけで大して面白くもなかった。
夕食を食べ終わると、祖母が「社へ行け」と言ってきた。
今夜の祭りは『10歳になる女の子が神様の嫁になる祭り』で、その年頃の女の子は社の中で一晩を過ごすらしい。
神の嫁になれば、これからの将来を守ってもらえるとの事だった。
もちろん私は嫌がり、母も集落の女の子ではないのだからと断ってくれたが、祖母の押しが強かった事と、私を自立させたかったのか、渋々了承した。
当時、私は弟が生まれて夜にぐずるようになったらしく、母は難儀していたようだ。
埃臭い社は明かりこそないものの、社務所で集落の男たちが酒を飲んでいる声が響いて来てうるさかった。
私の他にもう一人女の子がいた。
学年では一つ下になる子だった。
その子に「この後どうなるの?」と訊いても、良く分かんないと言っていた。
本当は声を出さずに一晩を過ごすらしいのだが、暗闇の心細さもあって、二人でずっと話していた。
時計が無いので時間は分からないが、2~3時間経った頃だろうか、眠くなってきたので敷いてある布団に潜り込んで話をしていた。
話しかけても答えがなくなり、その子が寝たのだと知って、私も眠ることにした。
少し眠った頃、人の気配を感じて目を覚ました。
どうやら、社の中に何人か入って来たようだ。
私はすっかり神様だと思い、神様って一人じゃないんだなと思った。
ぼんやりと隣の布団が持ち上がり、何かモゾモゾと動いているようだった。
何となく声をかけられないような気がして、私は布団に潜った。
動物のようなハッハッという音に混じって、女の子の悲鳴のような声も聞こえた。
「ヤダ」とか「痛い」とか聞き取れて、私は慌てた。
外に出て大人を呼びに行くべきだろうか、でも布団の外に出るのは怖い。
迷っているうちに私の布団がめくられた。
温かい布団が無くなり、思わず私は悲鳴を上げた。
何かに上から押さえ付けられて、泣きたくなった。
生温かくて臭い匂いが漂ってきた。
恐怖で思わず父と母を呼んで、小さな弟の名前も叫んだ。
すると、押さえ付けていた力はスルスルと引いていき、バサリと布団を掛けられた。
隣ではまだ女の子の呻き声がしていた。
私は隣の子に心の中で謝りつつ、布団を被って震えていた。
朝になると、最初に案内してくれた社のお婆さんが起こしに来た。
水を飲まされて家に帰っていいと言われ、ほっとした。
家に着くまで後ろを振り返らない、話してはいけないと言われたが、どうにも我慢出来ず、女の子に「昨日何があったか分かった?」と訊いてみた。
女の子はクシャと顔を歪ませて「知らない!」と叫んで走って行ってしまった。
家に帰ると、帰って来た父が待っていて、すぐに車に乗せられた。
最後まで祖父母と言い合いをしていた。
父は異様に怒っていて、それ以降、実家には行かなくなった。
その頃は怖くて、不思議な体験をしたのだなと思っていたが、社の中に忍び込んで来たのは社務所で宴会をしていた男なんじゃないかと怪しんでいる。
もともと夜這いや集落内の結婚が多い所だし、ともかく何もされなくて良かった。
先日、祖母の葬式で、日帰りで久し振りに訪れた。
あの時の女の子の行方を訊こうかと思ったけれど、両親は私がその時の記憶が無いと思っているのでやめておいた。
田舎の風習は洒落にならない。
(終)