潮から汲み上げた不思議な生き物

白波

 

これは、とある海辺の集落で聞いた話。

 

その集落では昔から、新年に海の潮を汲んで神棚に供える習慣があるそうだ。

 

何十年も前のこと、若夫婦が日付が変わってすぐに潮を汲みに行った。

 

真夜中なので、夫が小さな桶に潮を汲み、妻がその手元を灯りで照らす。

 

桶を引き上げる直前、ふと何か小さな黒いものが滑り込んだ気がした。

 

しかし二人とも特に気にすることなく帰路につき、桶を神棚に供えると、その後すぐ床に就いた。

 

次の日、桶の中を見た夫婦は仰天した。

 

小さな桶の中に、得体の知れない生き物が漂っていたのだ。

 

それは中指ほどの大きさで、小さなナマコにもウミウシにも見えた。

 

気味の悪いことに、その全身は黒い毛で覆われている。

 

二センチほどのその毛は柔らかそうに水の中でなびいており、人間の髪の毛にそっくりだったという。

 

不気味に思い、桶の潮ごとその生き物を海に返した。

 

しばらくして、二人に異変が起き始めた。

 

髪がどんどん抜けていくのだ。

 

朝起きた時、クシで髪をとかした時、ちょっと頭を掻いた時などに、普通では考えられないほどゴッソリと抜けてしまう。

 

何かの病気か?と医者にもかかったが、髪が次々抜ける以外は全くの健康体だった。

 

結局、暖かくなる頃には二人の髪はすっかりなくなってしまい、二度と生えてくることはなかった。

 

あの時に汲み上げたという不思議な生き物のせいだろう、と集落の人は噂したそうだ。

 

「それ以降みんな新年の潮汲みは、初日の出を拝んでからするようになったんよ」

 

私にその話をしてくれた老人はそう話を締めくくったが、老人は見事なまでのハゲ頭だった。

 

私の視線に気がついたのだろう、彼はつるりと頭を撫でると、「これは年のせいやな」と笑った。

 

そこに、彼の妻らしき老婆がお茶を出してくれた。

 

夏も近いというのに、老婆は耳まですっぽり覆う毛糸の帽子をかぶっていた。

 

暑くないのか問うと、「若い時からずっとですからねぇ。もうこれがないと落ち着かないで」と、にこりと笑った。

 

(終)

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