狐狗狸さん 2/3
K「でーはー、始めますか」
Kはそう言って、
ビデオカメラのスイッチを入れた。
K「んじゃあ・・・はいっ。
こっくりさん、こっくりさーん。
Sはあと何分でここに来ますかねー?」
Kの間の抜けた質問の仕方が
気になったけども、
僕は邪念を振り払い、
十円玉に触れる指先に
意識を集中させる。
と言っても肩の力は抜いて、
極力ちからを込めないように。
十円玉はピクリとも動かない。
ふと、座布団に座る僕の腰に
何かが触れた様な気がした。
視線を逸らすと、
半開きの窓にかかるカーテンが
僅かに揺れている。
風だろうか。
K「・・・おい」
Kの声。
その真剣な口調に、
僕はハッとして視線を戻す。
けれども、十円玉は
赤い鳥居の下から動いていない。
Kを見ると、
じっと自分の指先を
凝視していた。
僕「・・・どうしたん?」
僕はゆっくりと尋ねる。
K「なあ、この十円・・・
ギザ十じゃね?」
僕「あ、ホントだ」
K「こっくりさんに使った十円って、
処分しなくちゃいけないんだぜ?
もったいねー」
ふっ、と安堵の息が漏れる。
十円玉は動かない。
それから少し、
ギザ十の話になった。
コインショップに行けば
三十円くらいで売れるとか、
昭和33年のものには
プレミアが付いているとか。
でも、使えば十円だとか。
そんなくだらない話を
している時だった。
部屋の戸が叩かれ、
「おーい、来てやったぞ」
と声がする。
Sの声だ。
そうしてSは、
返事も待たずに戸を開けて、
部屋の中に入って来た。
S「よー・・・って何やってんだ、
お前ら?」
僕とKは顔を見合わせる。
K「何って、見たら分かるだろうがよ」
S「面白いもんがあると聞いて
やって来てみれば、だ。
お前ら、しょうもないこと
やってんなよ」
K「おいこらSー。こっくりさんのドコが
しょうもねえっつーんだよ」
S「見る限りの全てだ」
そう言い切ると、
SはKの部屋にある本棚を
一通り物色して一冊抜き出すと、
S「相も変わらず、お前んち
ロクな本がねえな」
と言って、
一人部屋の隅で読書を始めた。
僕とKはまた顔を見合わせる。
Kは肩をすくめて、
僕は少し笑う。
そうして僕はふと気付く。
十円玉の位置。
さっきまでは、
紙の上部の鳥居の下にあった。
数秒間、瞬きすら忘れていたと思う。
五十音順のかな文字の上に並んだ、
一から十までの横の数列。
その一番左。
0の上に十円玉があった。
少しの間言葉が出なかった。
Kも状況を察したようだ。
決して僕が故意に手を
動かしたのではない。
それどころか、
何時そこまで動いたのか、
僕は全く気付かなかった。
人差し指は変わらず十円玉の上に
乗っているというのに。
僕はKを見やった。
Kは慌てて首を横に振る。
今度はKが何か言いたげな顔をしたので、
僕も首を横に振った。
このままでは何もはっきりはしない。
僕はもう一度質問をしてみよう、と
口を開いた。
僕「えーと・・・こっくりさん、こっくりさん。
今十円玉を動かしたのは、あなたですか?」
その瞬間、
十円玉が滑った。
『はい』 の上。
こんなに滑らかに動くものとは
思いもしなかった。
僕「・・・あなたは、本当に
こっくりさんですか?」
すると十円玉は、『はい』の上を
ぐるぐると円を描く様に動く。
K「うおおおおお!SSSー、
ちょっと来てみろよ、おい」
興奮したKが大声で呼んで、
本から顔を上げたSが面倒くさそうに
こっちに寄って来る。
S「何だよ、うるせーな」
K「動いた動いた。
動いてんだよ今!」
興奮して「動いた」しか言わない
Kの代わりに、
僕が一通り、
今起きた流れを説明する。
Sは大して驚きもせず、
「ふうん」と鼻から声を出した。
僕「あ、それとさ。
このヴィジャ盤って言うの?
この紙にもさ、
言われがあるそうで。
何か昔、コレでこっくりさんした
中学生が集団自殺したとか」
それを聞いたSは、
ふと何かを思い出すような
仕草をして。
S「ん・・・?
こっくりさんの文字盤は
確か一度使った後は、
燃やすか破るかしないと
いけないんじゃなかったか?」
僕「え?」
そんな情報、僕は知らない。
Kを見やる。
しかしKが答える前に、
十円玉が『はい』の周りを
また何度も周回する。
それを見てKが「うっはっは」と
ヤケ気味に笑った。
K「その通りらしい。
二度同じものを使うとヤバいらしい。
具体的に言うと、
こっくりさんが帰ってくれなくなる
ことがあるらしい」
僕「えっ、え、・・・はあ!?」
まさか、先程オプションと言ったのは
それのことか。
こっくりさんが帰ってくれないと
どうなるのか。
僕は怖々考えてみる。
そのまま取り憑かれるのか?
その後は、まさか、
話の中で自殺した中学生の様に・・・。
その思考の間も、
十円玉は絶えず『はい』の周りを
ぐりぐり回っていた。
しかも、
徐々に動くスピードが速くなる。
それでも僕の人差し指は、
十円玉に吸い付けられたように
離れない。
何なのだこれは。
そのうち、十円玉は『はい』を離れて、
不規則に動き出した。
そこら辺を素早く這いまわる
害虫の様に。
いや、よく見るとその動きは
不規則では無かった。
何度も何度も繰り返し。
それは言葉だった。
『ど、う、し、て、な、に、も、
き、か、な、い、の』
Kの額に脂汗が滲んでいる。
たぶん僕の額にも。
どうしよう。
どうしよう。
その時だった。
(続く)狐狗狸さん 3/3へ