UFOと女の子(冬) 2/5
傍に近づいてみると、
彼はUFOの支柱を止めていた
ボルトの跡を見ているらしかった。
S「確かに、ここに何かはあったんだな」
とSが言った。
僕「え、何。僕の話、
信じてなかったん?」
S「記憶ってのは簡単に曲げられるし、
一部消えたり、
書きかえられることだってあるからな。
特に子供の頃の思い出はな。
信じてなかったわけじゃない。
鵜呑みにしなかっただけだ」
僕「あそう」
S「ただ、まだ呑み込めない
部分もあるけどな」
僕「え・・・、何それ、どこ?」
Sは僕の問いには答えず、
トランポリンの次はジャングルジムに
上り出したKの方をちらりと見やってから、
一人階段へと向かって歩き始めた。
S「腹減った。とりあえず下に降りて、
飯食おうぜ」
けれども、僕は先程の言葉が
気になって仕方が無い。
僕「ねえ、僕の話の、
どこが引っかかってるんよ」
するとSは振り向いて、
S「お前の記憶の中にある、
店員の対応。それと・・・」
何故かSは
その後の言葉を口にするのを、
一瞬だけ躊躇った様に見えた。
S「・・・それと、お前が、
確かに教えてもらったっていう、
女の子の名前を覚えていないこと」
そう言って、
Sはまた階段へと向かう。
隣ではKがいそいそと
ジャングルジムから降りてきていた。
そんな二人の様子を見ながら、
僕はその場に立ったまま
Sの言葉の意味を考えていた。
店員の対応と言うのは、
『UFOなんて知りません』
と言った、
あの言葉のことだろう。
でも、実際に屋上からUFOは
忽然と姿を消したのだ。
まるでそんなもの最初から
無かったかのように。
もう一つは彼女の名前。
あの時の光景は今でも
はっきりと覚えている。
蒸し暑いUFOの中で、
天井の丸い窓からスポットライトみたいに
円柱状の光の筋が注いでいて、
目の前の女の子は、
笑顔の内に少しだけ
はにかんだ表情をしている。
その口が動く。
けれどもここだけが、
耳を閉じたわけでもないのに、
何を言っているか聞こえない。
外ではしゃぐ他の子供たちの声も、
辺りに広がる街の喧騒も消える。
無音。
一時期は、
本当にアブダクションされて
宇宙人に記憶を消されたのではないか、
と思ったことさえある。
今思えば微笑ましい妄想だけれど。
でも確かに、Sの言う通り
何かが引っかかっている気がした。
形のはっきりとしない何かが、
伸ばしても手の届かない
ギリギリの辺りを漂っている様な。
僕は目を瞑り、
集中して、
その何かを掴もうとした。
K「おーい。
そんなとこで突っ立ってんなよ。
早く来いよ」
けれども失敗に終わった。
その声で僕は我に返ってしまった。
見ると、Kが
階段の入り口に立っている。
Sはもう階段を下りてしまった様だ。
僕は頭を振って、
歩きだそうとした。
その時、ふと視界の隅に
何かが映った。
昔UFOがあったスペースの隅に、
ぽつんとジュースの空き缶が
置かれてある。
空き缶には一輪の花が
差されてあった。
紫色の花。
頭のどこかがうずいた
様な気がした。
僕はその花の方へと
少し近づいた。
花は折り紙だった。
上手く作ってあって、
遠目からは本物の花に見える。
茎も葉もある。
空き缶は上部が缶切りか何かで
切り取られていた。
まるで献花のようだ。
あの日と同じく
冷たい風が吹いた。
その瞬間、
今度こそ僕は、
僕の中で漂っていた
それを掴み取っていた。
ああ、そうか。
だからか。
だからあの日、
UFOは忽然と姿を消して。
だから店員は僕に、
『UFOなんて知らない』と言って。
だから僕は、彼女の名前を
忘れることにした。
僕は全てを思い出していた。
でもそれは鈍い痛みを伴っていた。
あのまま忘れていた方が
良かったのかもしれない。
僕は空を見上げ、
誰に向かってでも無く、
声にも出さず問いかける。
もう一度、
忘れることは出来るだろうか。
答えは自分の中から返って来た。
それは出来ない。
K「・・・おいおいおい、何やってんだよ。
さっきから一体全体よ」
僕のすぐ後ろでKが
怪訝そうな顔をしていた。
それと、あんまり遅いから
戻って来たのだろう、
階段の入口の方に
Sの姿も見えた。
僕は何を言うことも出来なかった。
そのまま歩き出し、
黙って二人の横を通り過ぎた。
背中にどっちかの声が当たったけれど、
あまり気にならなかった。
階段を下りて、僕の足は
四階の駄菓子屋の前で止まった。
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