やまびこ 4/4
対して俺は、
ずっと口を半開きに
姉貴の話を聞くだけだった。
何も言えなかった。
それは間違っているとも、
それは正しいとも。
でも、一つだけ疑問があった。
生贄とは、
命を犠牲に人々の願いを
叶えようとする行為だ。
だとしたら、
願いを叶えるために
そいつらが要求するのは、
やはり命ではないのか。
自分がそうしたように。
俺自身としては、
その辺りはもう姉貴の言葉を
信じるしかない。
『いやな感じはしなかった』
という若干頼りない言葉だが。
まあ、結果としては、
確かに何事も無かった。
ちゃんと帰り着くまで
油断は出来ないが。
そこに至って、
俺はようやく一つの現実的な
問題に行きついた。
K「・・・ところでさあ、
これもしかして、
明かりが無いから、
下まで帰れないんじゃね?」
恐る恐る俺は
その疑問を口にした。
唯一の明かりであった提灯は、
先に逃げた奴らによって
全部持っていかれていた。
今は月明かりがあるので、
辺りがまるで見えない
ほどではないが、
木々の茂る山道に入ると
何も見えなくなるだろう。
姉「あー・・・本当。
誰か来てくれるのを
待つしかないかな。
ま、大丈夫じゃない?
気付いてくれるでしょ。
おじさんもいるし」
確かに助けは来るだろう。
でも、それがいつになるかは
分からない。
K「・・・これ、おじさんに怒られるかもな」
すると姉貴は意味ありげに笑って、
背後の岩の先端辺りを指差した。
姉「心配なら、
『どうか怒られませんように』って、
向こうに立って
叫べばいいんじゃん?
きっと叶えてくれるから」
K「いやぁ、・・・やめとく、やめとく」
その瞬間、
俺の耳元で『・・・やめとく』
と囁くような声がした。
それは耳に直接、
息使いすら感じる程の
至近距離からの言葉だった。
俺は飛び上がった。
まさか、未だ隣にいるのだろうか。
やまびことかいいから、
もう勘弁してほしい。
そんな俺を見て姉貴は
心底可笑しそうに笑った。
こいつの神経は
一体どうなっているのだろう。
俺はこの時程、
姉貴が怖いと思ったことはなかった。
その後のことは姉貴の言う通り、
捜索に来た大人たちによって
俺たち姉弟は無事保護された。
もちろんおじさんには
怒られたけれども、
正直怖いとは思わなかった。
たぶん、もっと怖い体験をしたからだ。
姉貴がすくった二匹の金魚は、
二匹ともいつのまにか死んでいた。
酸素が足りなかったのか、
姉貴に振り回されたことが原因か、
はたまた、『皆にも見せてあげて』という
姉貴の願いを叶えたその代償だろうか。
姉貴は「救ってあげられなかったね・・・」
と肩を落としていた。
『やまびこ祭り』の真相については、
未だに確かなことは分かっていない。
その昔、あの地域で生贄、
人身御供があったなんて話は聞かないし、
姉貴の言葉が
全部真実だとも思わない。
生贄とか、そんなもん
妄想空想の類だ。
と言えればいいが、
生憎俺は『アレ』の一部を
見てしまっている。
結局、アレは何だったのか。
もしかしたら確かめる方法は
あるのかもしれない。
それは、もう一度あの山に登り、
岩の上から直接『叫んで』
返事を聞くことだ。
あんたらは一体何なんだ、と。
しかし、俺は未だに実行しないでいる。
もし、それを知って、
代償として何かの命が要るのなら、
割に合わないからだ。
金魚二匹分の命で
答えてくれるのかもしれないが、
生憎俺たち姉弟は
揃って動物好きだった。
ちなみに、
これは数年経って親戚の家に
行った時に聞いたんだが、
あの夜の騒ぎのせいで
次の年の祭りから、
子供たちだけで山に登るという
行事は無くなったらしい。
K「・・・俺たちのせい?」
と隣にいた姉貴にそっと尋ねると、
姉貴はからから笑いながら、
姉「おれたちのせい」
と、まるでやまびこのように
そう言った。
(終)