田舎(前編) 1/3
大学1回生の秋。
その頃ウチの大学には
試験休みというものがあって、
夏休み→前期試験→試験休みという、
なんとも中途半端なカリキュラムとなっていた。
夏休みは我ながら
やりすぎと思うほど遊びまくり、
実家への帰省もごく短い間だった。
そこへ降って沸いた試験休みなる、
微妙な長さの休暇。
俺はこの休みを、
母方の田舎への帰省に使おうと考えた。
高校生の時に祖母が亡くなって、
その時には足を運んだが、
まともに逗留するとなると中学生以来か。
母の兄である伯父も、
「一度顔を出しなさい」
と言っていたのでちょうどいい。
その計画を試験シーズンの始まった頃に、
サークルの先輩になんとはなしに話した。
「すごい田舎ですよ」
とその田舎っぷりを語っていたのであるが、
ふと思い出して、
小学生の頃にそこで体験した、
『犬の幽霊』
の話をした。
夜中に赤ん坊の胴体をくわえた犬が
家の前を走り、
その赤ん坊の首が笑いながら
後を追いかけていくという、
なんとも夢ともうつつともつかない
奇妙な体験だった。
先輩は「ふーん」と、
あまり興味なさそうに聞いていたが、
俺がその田舎の村の名前を
出した途端に身を乗り出した。
「いまなんてった?」
面食らって復唱すると、
先輩は目をギラギラさせて、
「つれてけ」
と言う。
俺が師匠と呼び、
オカルトのいろはを教わっているその人の
琴線に触れるものがあったようだ。
伯父の家はデカイので、
一人二人増えても全然大丈夫だったし、
大らかな土地柄なので、
友人を連れて行くくらいなんでもないことだった。
「いいですけど」
結局、師匠を伴って
帰省することとなったのだが、
それだけでは終わらなかった。
試験期間中にもかかわらず、
俺は地元のオカルト系ネット仲間が集まる
オフ会に参加していた。
そんな時期に試験があるなんて
ウチの大学くらいなわけで、
フリーターや社会人が多いそのオフ会は、
お構いなしに開かれた。
それなら参加しなければいいだけの
話のはずだが、
オカルトに関することに触れている時間が、
なにより楽しかったその頃の俺は、
当たり前のようにファミレスへ
足を運んだのだった。
その後の2年間の留年の契機が、
もう始まっていたと言える。
「試験休みに入ったら、
母方の田舎に行くんスよ」
そこでも、
少年時代の奇妙な体験を披露した。
反応はまずまずだったが、
『子供の頃の話』
というフィルターのためか、
オカルトマニア度の高い方々のハートには、
あまり響かなかったようだ。
すぐにその頃ホットだった
心霊スポットである、
ヒャクトウ団地への突撃計画へ
話が移っていった。
ところが、
それを尻目にある先輩が
つつッと俺の隣へやってきて、
「おまえの田舎は四国だよな」
と言う。
オフでも『京介』というネット上の
ハンドルネームで呼ばれる人で、
ハッとするほど整った顔立ちの女性だった。
俺はこの人に話しかけられると、
いつもドキドキしてそれに慣れることがない。
「そうです」
と答えると、
真面目な顔をして、
「四国には犬にまつわる怪談が多い」
と言った。
そして、
「なんと言っても、
おまえの故郷は犬神の本場だ」
と何故か俺の肩をバンバンと叩くのだった。
「犬神ってなんですか」
という俺の問いに、
「紺屋の白袴だ」
※紺屋の白袴(こうやのしろばかま/ことわざ)
紺屋が、自分の袴は染めないで、いつも白袴をはいていること。他人のことに忙しくて、自分自身のことには手が回らないことのたとえ。
と笑い、
「犬を使って人を呪う術だよ」
と耳元で囁いた。
ヒャクトウ団地突撃団の怪気炎が
騒々しかったためだが、
耳に息がかかって、
それがどうしようもなく俺をゾクゾクさせた。
田舎はどんなところだと聞くので、
先日師匠にしたような話をした。
そして村の名前を出した瞬間に、
まるで先日の再現のように、
身を起こして「ほんとか」と言うのである。
これには俺の方が
狐につままれたような気持ちで、
誘うというより半ば疑問系に、
「一緒に行きますか?」
と言った。
京介さんは綺麗な眉毛を曲げて
うーん・・・と唸ったあと、
「バイトがあるからなあ」
とこぼした。
「コラ、おまえらも行くんだぞ、
ヒャクトウ団地」
他のメンバーから
本日のメインテーマを振られて、
その話はそれまでだった。
けれど、
俺は見逃さなかった。
「バイトがあるから」
と言った京介さんが、
そのあと突撃団の輪に背を向けて、
小さなスケジュール帳を
何度も確認しているのを。
京介さんはたぶん行きたがっている。
バイトがあるのも本当だろうが、
半ば弟分とはいえ、
男である俺と二人で旅行というのにも
抵抗があるのだろう。
いや、
案外そんなことおかまいなしに、
「いいよ」
とあっさり承知するような人かも知れない。
「一緒に行きますか」
などとサラリと言えてしまったのも、
きっとそういうイメージがあったからだ。
ともかく、
あと一押しだという感触はあった。
一瞬、二人で行けたらなあという、
楽しげな妄想が浮かんだが、
師匠も来るのだということを思い出し、
少し残念な気持ちになった。
(続く)田舎(前編) 2/3