田舎(前編) 3/3
師匠が「サワチ料理が食いたい」と、
まるでトルコに旅行した日本人が、
いきなりシシケバブを食べたがる
ようなことを言うので、
昼から食べるものではない
ということを苦心して納得させ、
二人で蕎麦を食べた。
※サワチ料理(wikipekia)
高知県の郷土料理である。また近年では、大ぶりの皿に刺身などを盛り合わせた宴席料理を指して「皿鉢料理」と言う場合もある。
アーケード街をぶらぶらと散策したあと
駅に戻ると、
ワンピース姿のCoCoさんと、
いつもと同じジャケット&ジーンズの京介さんが、
ちょうど改札を出て来るところだった。
「よお」
と手を上げかけて、
京介さんの動きが止まる。
師匠も止まる。
と思ったのも束の間、
一瞬の隙をつかれて
チョークスリーパーに取られる。
※チョークスリーパー(wikipedia)
裸絞(はだかじめ)のこと。
「何度引っ掛けるんだお前は」
頭の後ろから師匠の声がする。
口調が笑ってない。
「何度引っ掛かるんですか」
俺は右手を必死に腕の隙間に
入れようとしながらも、
強気にそう言った。
向こうでは、
踵を返そうとする京介さんを、
CoCoさんが押し留めている。
俺とCocoさんの説明を中心に、
師匠が余計なことを言って
京介さんが本気で怒る場面などを経て、
実に15分後。
「暑いし、もういいよ」
という京介さんの疲れたような一言で、
同行四人という状況が追認されることになった。
思うにこの二人、
共通点が多いのが同族嫌悪と
なっているのではないだろうか。
無類のオカルト好きであり、
ジーンズをこよなく愛し、
俺という共通の弟分を持ち、
それからこの後に知ったのであるが、
二人とも剣道の有段者だった。
俺はよくこの二人を称して、
磁石のS極とS極と言った。
その時もお互いの磁場の分だけ
距離を置いていたので、
その真ん中でCoCoさんにだけ聞こえるように
その例えを耳打ちすると、
彼女は何を思ったのか、
「二人とも絶対Mだ」
とわけのわからない断言をして、
俺にはその意味が、
その日の夜までわからなかった。
夜に何かあったわけではない。
ただ俺がそれだけ鈍かったという話だ。
ただ一つ、
その時に気になることがあった。
さっき師匠にチョークスリーパーを
掛けられた時に感じた、
不思議な香りが微かに鼻腔に残っている。
まさかな。
そう思ってCoCoさんを見たが、
相変わらず何を考えているのか、
よくわからない表情をしていた。
そうしているうちに、
駅のロータリーに車が着いた。
四人の前で、
作業着を着た初老の男性が
車から降りながら手を振る。
伯父だった。
バスなり電車なりで行けるよと
あれほど言ったのに、
「ちょうどこっちに出てくる用事があるき」
と車で迎えに来てくれたのだった。
所々に真新しい汚れの付いた作業着を見て、
そんな用事なんてなかったことはすぐわかる。
久しぶりの俺の帰省が嬉しかったのだろう。
俺が連れてきた初対面の三人と
愛想よく握手をして、
「さあ、乗ったり乗ったり」
と笑う。
ここから村までは車で3時間はかかる。
車内でも伯父はよく喋り、
よく笑い、
それまでの険悪なムードは
ひとまず影を潜めた。
日差しの眩しい国道を
気持ち良く疾走する、
車の窓の向こうに広がる
景色を眺めながら、
俺は来て良かったなあと、
気の早いことを考えていた。
思えば、
その無類のオカルト好きが、
二人揃って俺の帰省に付いて来ると
言い出した事態の意味を、
その時もう少し考えてみるべき
だったのかも知れない。
紺屋の白袴と笑われても仕方がない。
俺は、
俺のルーツでもある山間部の因習と、
深い闇を知らな過ぎたのだった。
※因習(いんしゅう)
古くから伝わり、とかく弊害を生むしきたり。
だがとりあえず今のところは、
ひたすらに暑い日だった。
(終)
次の話・・・「葬式」