跳ぶ 1/2

屋上

 

俺は子供の頃からわりと霊感が強い方で、

いろいろと変な物を見ることが多かった。

 

大学に入り、

 

俺以上に霊感の強い人に出会って、

あれこれくっ付いて回っているうちに、

 

以前にも増して

不思議な体験をするようになった。

 

霊感というものは、

 

より強いそれに近づくことで、

共振現象を起こすのだろうか。

 

いつか俺が師匠と呼ぶその人が、

自分の頭に人差し指をあて、

 

「道が出来るんだよ」

 

と言ったことを思い出す。

 

大学2回生の夏。

 

その頃、

 

俺は師匠に紹介されて、

ある病院で事務のバイトをしていた。

 

そこで、

人の死を見取った看護師が、

 

死者の一部を体に残したままで

歩いているのを何度も見た。

 

霊安室の前を通った時、

 

この世のものではない声に、

呼び止められたりもした。

 

その話を俺から聞いた師匠は、

満足げに「それは大変だなぁ」と言い、

 

しばらく何か考えごとをするように

俯いていたかと思うと、

 

「ゲームをしないか」

 

と顔を上げた。

 

よからぬことを考えているのは

明白だったが承知した。

 

どんなことを考えているのか知らないが、

絶対にろくな目に遭わないことはわかっている。

 

けれどその頃、

そんなことが俺のすべてだった。

 

深夜。

 

土曜日にも関わらず、

俺は師匠とともに大学構内に入り込んでいた。

 

平日にすら滅多に足を踏み入れない

不真面目な学生だった俺は、

 

黒々とそびえる夜の校舎の中を

縫うように歩いてるということに、

 

変な高揚を覚えていた。

 

別に夜中でも構内は

立ち入り禁止ではないし、

 

校舎によっては研究室らしき一室の窓に、

まだ明かりが点っているところもある。

 

けれど、

 

こんなところで人とすれ違ったら

気まずいだろう。

 

そう思い、

声も立てずに足音も忍ばせて進む。

 

やがて師匠は、

一つの建物の下で足を止めた。

 

馴染みのない他学部のブロックであり、

一体なんの校舎なのかわからなかったが、

 

師匠は勝手を知った様子で

建物の裏に回った。

 

一層の暗がりの中でゴソゴソと

なにかをしていたかと思うと、

 

カラカラという乾いた音とともに、

一つの窓が開いた。

 

師匠はまるでコントのスパイのように、

わざとらしく『来い』という合図をする。

 

なんだか可笑しかった。

 

うちの学部棟にもこんな抜け道がある。

 

代々の先輩から受け継ぐ、

夜専用の進入路。

 

どこも同じだなあと思いながら、

師匠に続いて窓から体を滑り込ませる。

 

何も言ってないのに「シー」と囁くと、

師匠は暗闇の中を手探りで進んだ。

 

廊下もなにもすべて真っ暗で、

 

遠くに見える非常口の緑色が、

やけに心細い気持ちにさせる。

 

階段を何度か上り、

小さなドアの前に立った。

 

開けると、

一瞬、夜風が顔を吹き抜けた。

 

屋上に出た。

 

一面の星空だった。

 

二人の他は誰もいない。

 

ただ風だけが吹いていた。

 

「こういうのって、

学生ってカンジがしませんか」

 

そんな俺の言葉にピンと来ない様子で、

 

師匠はカラ返事をしながら

屋上のフェンスから下を覗き込む。

 

俺は妙にはしゃいで、

そこらを走り回った。

 

これであと何人かいて、

 

バスケットボールでもあれば

完璧だなぁと思った。

 

「ちょっとそこでジャンプしてみ」

 

いつのまにか壁際にもたれかかるように

座り込んでいた師匠がそう言った。

 

言われた通り、

垂直跳びの要領でジャンプする。

 

ゲームとやらが始まったらしい。

 

俺は変なテンションで、

続けざまに飛び跳ねる。

 

「おいおい、もういい。もういい」

 

苦笑した師匠に一度止められ、

次に、

 

「今度は目をつぶって跳んでみ」

 

と指示を受けた。

 

目をつぶる。

 

跳ぶ。

 

着地の瞬間にバランスを崩しそうになり、

そのまましゃがみ込む。

 

「そうそう。

 

そんな風に地面に着く瞬間に体を縮めて、

出来るだけ滞空時間を長くしてみて」

 

何度もそのやり方で跳ばされた。

 

その次の指示には驚いた。

 

校舎の縁に立てというのである。

 

落下防止のフェンスのない部分があり、

その前に立たされた。

 

もちろん下は奈落の底だ。

 

「じゃあ、目をつぶったまま

そこで跳んで」

 

縁に立つと、

垂直跳びでも怖い。

 

少しバランスを崩せば落ちかねない。

 

そんな俺の躊躇いを見透かしたように、

 

「後ろに跳んでいいから」

 

と師匠が声を掛けた。

 

それならまあ出来ないこともない。

 

夜に切り取られたような

校舎の縁の前に立ち、

 

目をつぶる。

 

つぶった瞬間に膝がぐらりとした。

 

数十センチ先に断崖がある。

 

考えないようにしても想像してしまう。

 

それでも、

 

まだこの不思議なゲームを

楽しむ余裕があった。

 

反動をつけ、

掛け声をあげて後方に跳ぶ。

 

着地し、

そのまま転びそうになる。

 

「もう一度」

 

という声に従う。

 

5回も繰り返すと慣れてきた。

 

よほどの突風でも吹かない限り

落下することはないし、

 

今日の風は吹いても微風だ。

 

そう思っていると、

師匠が「次は難しいぞ」と言った。

 

「その場で目をつぶったまま体を回転させ、

方角をわからなくしろ」

 

と言うのである。

 

殺す気か。

 

俺がそう突っ込む前に、

 

「跳ぶ前に声をかけるから」

 

と言ってきた。

 

「それに縁に立って回るのが怖かったら、

しゃがんだまま回ってもいい」

 

ドキドキしてきた。

 

一体なにをさせる気なんだ。

 

それでも言う通りにした。

 

まだブレーキを踏むには早い。

 

そんな気がする。

 

縁の前にしゃがみ込み、

目をつぶったままその場でぐるぐると回る。

 

怖いので、

両手を地面に触れるようにしながら。

 

(続く)跳ぶ 2/2

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