子供の頃の遊び場だった山にて 2/2

廃屋

 

大人は山に浮浪者が住み着いている

ということを知らなかったらしく、

 

皆すぐに同意。

 

もともと私有地の山だったので話も早く、

 

所有者の人を先頭に、

ぞろぞろと山に出かけて行った。

 

でも結局会えなかったらしく、

1時間もすると帰って来た。

 

廃墟の入り口に退去願いの張り紙だけして、

戻って来たらしい。

 

でもここで、

俺たちは訝しげな顔をした大人たちに、

 

本当に浮浪者が居ついているのか、

ということを質問された。

 

子供の俺たちにとっては、

考えもつかなかった疑問の数々。

 

まず例の廃屋は、

屋根と壁の半分が腐り落ちている状態で、

 

浮浪者といえど、

とても人間の住める場所ではなかった。

 

暖を取ることはおろか、

雨風すら凌げない。

 

生活の跡らしきものも、

見当たらなかったらしい。

 

それにその場所、

獣道や藪をつっきった先と書いたが、

 

途中にかなりスリリングな崖や

有刺鉄線で遮られた場所があって、

 

健常者でも辿り着くのに一苦労だ。

 

(俺たちは有刺鉄線の杭の上を上っていた)

 

ましてや片足の老婆が、

日々行き来できる場所ではないと。

 

また、

 

大人は誰もけんけん婆あを

見たことがないらしい。

 

特に山の麓に住んでいる人間なら

必ず目撃しているはずなのに、

 

誰一人として見た人間がいない。

 

断言できるが、

あの山で自給自足することなんて不可能だ。

 

そんなこれまで考えもしなかった疑問に

困惑している時、

 

俺の父親が帰って来た。

 

話を聞いた父がすぐに、

 

「なんだ、あの婆さん、

まだいたのか・・・」

 

初めての俺たち以外の目撃者。

 

父が何人かに電話をかけると、

近所のオッサン連中が二人ほどやって来た。

 

父を含め3人とも同世代の地元の人間で、

子供の頃はよくこの山で遊び、

 

俺たちと同じように、

けんけん婆あに遭遇していたらしい。

 

なんと、

 

『けんけん婆あ』という呼び名は、

当時からあったようだ。

 

懐かしそうに思い出を語る3人だったが・・・

 

ここで、

 

山に入る前から黙り気味だった

山の所有者の人が、

 

「実は・・・」

 

と口を開いた。

 

彼はいわゆる地主様の家系で、

 

彼の祖父の代には、

家に囲われていた妾さんがいたらしい。

 

※妾(めかけ)

婚姻した男性が、妻以外にも囲う女性のことで、経済的援助を伴う愛人を指す。

 

しかしある時、

その女性は事故か何かで片足を失った。

 

それが原因で、

彼女が疎ましくなった地主は、

 

女性を家から追い出して、

自分の持っていた山に住まわせたらしい。

 

※疎ましい(うとましい)

いやな感じがして避けたい。気味が悪い。不気味。

 

それ以降、

ずっと山に住んでいたらしいが、

 

そう言えば、

死んだというような話も聞かない、と。

 

ただそれが本当だとすれば、

 

けんけん婆あは軽く150歳を

超えていることになってしまう。

 

それに例の廃屋も、

元はなんだったのか分からないが、

 

30年ほど前は山を整備するための

道具置きとして使われていて、

 

その時点ではすでに誰も住んでいなかったと。

 

さっきまではしゃいでいた

オッサン3人組も婦人会の人たちも、

 

これを聞いて絶句。

 

地主さんがぽつりと、

 

「明日、宮司さんに頼んで

御祓いしてもらうわ」

 

という言葉で静かにお開き。

 

普段気丈な両親も、

目に見えて沈んでいました。

 

それ以降、

 

私たちはけんけん婆あを

見ることはありませんでした。

 

彼女が何だったのかは、

未だに分からず終いです。

 

はたして150歳を超える老怪だったのか、

それとも何かの霊だったのか。

 

ただ、

 

未だにあの「かさっ、かさっ、」という

足音を忘れることができません。

 

今でもあの山で耳を澄ますと、

 

どこか遠くの方でこちらに向かって

近付いてくる片足の足音が、

 

聞こえるようで怖くてなりません。

 

(終)

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