未来から来た浮浪者
これから話す内容は
ムラさん(仮名)から聞いた話。
その日、僕はムラさんの部屋で
男二人飲んでいた。
ムラさんの仕事は
フリーの社会派ライター。
当時、部落や公園を回っては
浮浪者からなぜ今の生活に落ち着いたのか
など過去を聞いて回り、
いずれ本にまとめて発表する予定だった。
「でもそんな簡単に
浮浪者が話してくれるんスか?」
と僕が聞くと、
「ウラワザがあるんだよ」
とニッと笑って、
部屋にある一升瓶にアゴをやった。
手土産として酒と簡単なツマミでも持っていくと、
連中の口も軽くなるという寸法らしい。
そうしてムラさんが集めた体験談によると、
昔は小さな町工場を経営してたという者、
田舎の農村から冬場の稼ぎのために
上京しそのまま浮浪者になったという者など。
様々な過去話が聞けたそうだ。
「面白い経歴の浮浪者はいなかったんスか?」
僕がそう尋ねると、
ムラさんはちょっと考えたような顔つきになり、
黙ってタバコを吹かす。
「使えない話ってのがあってな。
明らかな大ボラとか、
頭がおかしくなってる奴の話なんだが」
そこで言葉を切り、
タバコを消すムラさん。
「聞かせてくださいよ!」
妙にもったいぶるその仕草に
僕は急かす。
「自分はテンショウ24年の
未来から来たって男がいてな」
「ぷっ、未来人スか?
バックトゥザフューチャーじゃあるまいし、
どうやって未来から来たって言ってたんスか?
それにテンショウって、
昭和の次の元号のつもりですかね?」
突然のトンデモ設定に
僕も思わずニヤニヤしてしまう。
堅物のムラさんが語るにしては
面白そうな話だ。
「まあ待て、あったあった、これだ。
天咲(てんしょう)24年」
ムラさんが手帳を取り出し、
僕に元号の字を見せてくれた。
ここで突然、僕の記憶は
霞がかかったように途絶えている。
そして次の記憶は、
手帳を見ながらムラさんが色々と
その浮浪者(姓名も恐らく聞いたはずだが
思い出せない)について語っていた。
「こいつ(浮浪者)のいた時代の首相は、
森ナニガシ(名前不肖)という
歴代初の女の首相らしい」
「おー、女性首相、遂にきちゃいましたか!」
僕が相槌を打つ。
「こいつは学校には通ってなかったらしい。
コンピューターで特別な授業を受けて育ったそうな」
「という事は未来では学校が無いって事スかね?」
「メモには書いてないな。
聞いたような、聞かなかったような。
俺も冗談半分聞いてたからな」
ムラさんがメモをめくる。
「未来では大きなアーケード状の建物の中に
車が走る道路や公園、店や団地が全部あるそうだ」
「屋外って概念が無いって事スか?
核戦争で汚染されてるとか」
「いや、これは主に人が多い都心部だけで、
地方ではそこまでは整備されてないらしいな」
ムラさんがまたメモをたどる。
「あったこれだ、こいつは15歳のある日、
気が付いたらこの時代の代々木の辺りにいたらしい」
「そりゃまた随分と唐突なタイムスリップっスね」
「激しいパニックに陥ったところを
警察に見つかり保護されたが、
身元も分からない上に話は要領を得ない」
「隙を見て逃走した彼は、
途方に暮れたまましばらくの間、隠れるように
町の片隅で生活していたが、
○○公園(失念)の浮浪者の顔役に声を掛けられて、
以来18年ずっとそこで暮らしてきたらしい」
「つー事はそいつは今33歳スか。まだ若いですね」
「戸籍が存在しないから働きようがない、
と本人は言ってたが」
「未来人を騙る、働きたくない今時の
グータラな若者ってやつですかねー」
こんな感じでムラさんの話は終わった。
この時から5年後、血相を変えたムラさんの方から、
その浮浪者に再び会いに行ったが、
なんでも、不良による浮浪者狩りにあって
亡くなったとの事を聞いた。
今になってそいつに何か用事でもあった
のかとムラさんに聞くと、
そいつが言っていたとある事が
本当に起きたとの事だった。
「大スクープをモノにできるかもしれん」
ムラさんの目は血走っていた。
ムラさんの雰囲気に圧倒されて
詳しく聞けなかったのが今でも悔やまれる。
ムラさんはその後、とある事件を追っていて
死んでしまったから。
遺体からも部屋からも、
ついにそのメモは見つからなかった。
(終)