まんまと引っ掛かった夏休みのバイト 1/2
去年の夏休みに経験したバイトの話。
去年の夏休み前、俺と友人の安藤と馬場が大学構内の掲示板を見ていると、変わったバイトの募集チラシがあった。(名前は仮名)
その内容は、『日給8000円、避暑地の別荘の引越し作業、3泊4日の泊り込みで食費と交通費は別途支給』というものだった。
俺「これ、結構おいしくね?」
安藤「チラシの感じだと宿泊先もこの別荘だよな?楽そうだし電話してみね?」
馬場「別荘地で過ごせて金も貰えるのか!おいしいじゃん」
・・・と、3人してノリノリで、大して深く考える事もなく、早速連絡先に電話してみる事になった。
電話をすると、そこは別荘地の管理事務所のような場所で、なぜか俺達は面接も何も無しに“即採用”された。
この時に、少し怪しいと感じるべきだったのかも知れない・・・。
初日の夜に異変は起き始めた
当日、俺達は早朝に出発し、午前中のうちに待ち合わせ場所の最寄り駅に到着した。
到着すると既に迎えの車が待っており、中には人の良さそうな40代くらいのおじさんが乗っていた。
道中、おじさんが色々と作業内容などを説明してくれた。
場所は別荘地からは少し離れたところにある2軒の別荘。
老朽化と立地の悪さから持ち主が手放す事になり、どうせ買い手も付かないだろうという事で、取り壊すために中の物を全て運び出すという事らしい。
ちなみに、荷物の受け取りに毎日夕方にバン(車)が来るが、作業そのものは俺たち3人だけでやるとの事だった。
それと、食事はそのバンが毎回持って来てくれるので気にすることはないという。
別荘は2軒とも、電気やガスに水道も繋がっている。
携帯の電波は届かないが、備え付けの電話があるので不便は無い、との事だった。
また、俺達の寝床はどこでも好きな部屋を使って良いらしいが、後々運び出す事を考えると、入り口近くの方が良いんじゃないかとも言っていた。
今から考えると、それは”完全隔離状態”になるのと同じ事で相当怪しいのだが、当時の俺達は全くそこまで頭が回らなかった。
別荘に到着した時、俺達3人はちょっと引いてしまった。
老朽化していると聞いていたが、予想よりもかなり古いし荒れている。
2軒とも大きな建物で、普通の家と変わらない大きさのログハウス風なのだが、木の壁は黒ずんでいて日の当たっていない場所や下の方には苔(こけ)が生えている。
しかも、庭は何年も放置していたようで荒れていて、植木は枯れるか枝が伸び放題。
さらには雑草が生い茂り、あちこちに蔦(ツタ)が絡まっている。
俺達が立ち尽くしていると、おじさんが「ま、まあ外見はあれだけど中は結構キレイだよ」と、手前側の建物から中を案内し始めた。
なるほど、確かに外見と違い、中の方は小奇麗だった。
どうも先に少し片付けが進んでいたようで、玄関を入ると横には棚や段ボール箱が無造作に置かれている。
それ以外は特に気にするような物もなく、「別荘といっても普通の家と大して変わらないな」と思いながら室内の案内や作業の段取りの説明を聞いた。
次に、隣のもう一つの方の説明になったのだが、玄関を入ると少しカビ臭い。
それに、妙に陰気な感じもする。
おじさんは気にせず説明し始めたのだが、最後に1階の廊下の奥の方を見ながらこう説明した。
「あの奥はやらなくて良いよ。以前雨漏りしてね。それ以来、床がモロくなっていて危ないんだ。奥の部屋には大した荷物も無いし、そのまま取り壊すから」
ということらしい。
なるほど、カビ臭いのはそのせいか、と納得した。
一通りの説明が終ると、おじさんは俺達に名刺を渡し、「じゃ、よろしくね」と言い残して帰っていった。
初日は午後からの作業ということもあり、ある程度片付いている最初に説明してくれた奥側の建物の2階の荷物を1階に降ろす作業をした。
夕方にやって来たさっきとは別のおじさんのバンに荷物を乗せ、1日目の作業を終らせた。
俺達はカビ臭い方の建物に泊まる気はなかったので、さっき作業をした方の建物のリビングに寝泊りすることにした。
夕食をとって風呂に入ると、疲れていたこともあり早めに寝てしまった。
翌朝、朝食を食べていると馬場が変なことを言い出した。
馬場「昨日さ、夜に変な音とか聞かなかったか?」
安藤「変なって?」
馬場「いや、夜ちょっと目が覚めてトイレに行ったんだけどさ、その時に外から何かを引き摺(ず)るような変な音が聞こえてきたんだよ・・・なんか気味悪くてさ」
俺は、馬場が俺と安藤を怖がらせようとしてるんだなと思い、「またまた~」と笑いながら言うと、馬場は真顔で「ネタじゃねぇって!マジで聞いたんだって」と言い返してきた。
俺は予想外の返事にちょっと面食らっていると、「じゃあ、ちょっと作業の前に周りを確認してみるか?」と安藤が提案した。
飯を食い終わった俺達は、安藤の提案通りに別荘の周辺をちょっと散策してみる事にした。
周辺を散策してみたが、草が生い茂っていて先に進めない場所などもあったにはあったが特に何も無く、「動物の歩く音でも聞いたんじゃないか?」という馬場の意見で落ち着いた。
その日はそのまま奥側の建物の片付けをし、もう1日くらい掛かるんじゃないかと思ったが、意外と早くその日のうちに全て運び出せ、作業を完了することが出来た。
そしてその日の夜、隣で寝ている馬場が俺を起してきた。
馬場は安藤も起したらしく、「こんな夜中に何なんだよ!」と迷惑そうに訊くと、「耳澄まして外の音を聞いてみろ」と、馬場は小声で言った。
俺と安藤は「何なんだよ・・・」と思いながら聞き耳を立ててみると、『ズズ・・ズズ・・』と何かを引き摺るような音が聞こえる。
俺と安藤は顔を見合わせ、「・・・何あれ?」と馬場に訊いてみると、「俺に分かるわけねぇじゃん!だから言ったろ?」と返してきた。
動物の音にしてはなんだか規則的すぎるし、そもそもあんな音を立てるような動物は全く想像がつかない。
俺は少し怖くなってきていたが、「窓から外を確認してみないか?」と提案した。
安藤と馬場も怖かったみたいだが、音の正体は気になるので、窓の方へと3人で移動し、カーテンを少しずらして外を見てみた。
すると、もう一つの建物の玄関のところに“何か”がいる。
薄暗い月明かりしか無いので何なのかは良く分からないが、大きさ1メートルちょっと、子供くらいのサイズの”何か”がゆらゆらと揺れながら黒っぽいものを引き摺っているのが見えた。
俺達が声も出せずじっとそれを凝視していると、ソレは『ズリズリ・・・』と何かを引き摺りながら建物の影へと消えていった。
完全に見えなくなってから3分ほど過ぎた頃、「なんだあれ・・・」と安藤が声を発した。
俺「人・・・か?」
馬場「あんな小さい人って子供か?子供がこんな山奥に、しかも深夜にいるか?ありえねぇよ」
それもその通りだった。
じゃあ、あれは何なのか・・・。
安藤「一応、確認しに行くか?」
俺「いや、どうせ明日あっちの建物の片付けするんだし、その時にでも一緒に確認すればよくね?」
完全にビビっていた俺は、やたら早口に即答した。
他の2人も内心ではビビっていたらしく、全員がそうしようという事でその場は寝る事にした。
翌朝、疲れとは明らかに違う理由で俺達の足は重かった。
重かったが、さすがに今は昨夜のアレについて確認しないわけにはいかない。
俺達は近くに落ちていた棒を持ち、恐る恐るに昨夜アレがいた辺りの藪を突付き始めた。
しばらくそうしながら別荘の裏側の藪を調べていると、棒の先に何か柔らかい物が当ったのが分かった。
俺「おーい!こっちに何かあるっぽいんだが!?」
藪を掻き分けて見ると、それはヘドロ状というかなんというか、ドロドロしたなんだか良く分からない黒い色の物体。
良く調べてみると、そこにあるだけでは無く点々とあちこちに落ちていて、後を辿ると別荘の裏の壁にも『ベチャッ』という感じで貼り付いていた。
さらにその物体の跡を辿ってみると、どうも別荘の縁の下の方にも跡が続いているように見えた。
・・・が、それ以上は何も無い。
縁の下の方も見てみたのだが、入り口の辺りにドロドロした物体があるだけで、奥の方には無さそうだった。
俺達はなんだか妙に期待外れというのかグダグダになってしまって、微妙な空気のまま引越し作業の続きをする事にした。
昼過ぎ、2階部分がある程度片付き始め、「そろそろ休憩しとくか」と馬場と話していると、1階にいた安藤が「ちょっとこっち来てくれ」と俺達を呼んだ。
1階に下りていってみると、雨漏りがして床が腐っているという廊下の手前辺りに安藤は居て、俺達を手招きしている。
馬場「どうした?何かあった?」
安藤「この奥で何かガサガサと音がするんだが、何かいるんじゃねぇか?昨日のアレとか・・・」
安藤は真顔で言っている。
俺は一瞬ゾクッっとしたが、ビビっていることを悟られないように「じゃあ確認してみるか?」と、行きたくはないが廊下の奥の方へと歩いて行こうとした。
すると、奥の方から『ガサッ!ゴトッ!ガサガサ!』と、何かが蠢(うごめ)く音が聞こえてきた。
全員がビクついていると、「動物でも入り込んでんじゃねぇの?」と馬場が明らかに自信無さそうに言っている。
昨日の今日なので、さすがに怖い。
しかし、”確認して安心したい”という気持ちもある。
そこで、3人で勇気を振り絞り、薄暗い廊下の奥へと行ってみる事にした。
『ミシ・・・ギシ・・・』
床は湿気で相当モロくなっているらしく、歩く度にイヤな音がする。
それに、奥の方の『ガサガサ』という音も消える気配が無い。
それでも勇気を振り絞って進んでいくと、廊下の奥の暗がりに音の正体があった。
それは、腹の辺りからドクドクと血を流している猫だった。
まだ微かに生きているらしく、もがいて動き回るので『ガサガサ』と周囲に脚が当って音がしていたらしい。
俺達はそれを見た途端、叫び声を上げてその場から逃げ出した。
別荘の外まで逃げ出し、しばらく放心状態でいた。
安藤「あの猫、きっともう死んでるよな・・・何であんなところに・・・」
俺「そもそも何であんなところに大怪我した猫が?おかしいだろ」
馬場「とりあえず、もう一回確認に行った方が良くないか?」
確かに、あのままにしてはおけないので、俺達はもう一度廊下の奥へ行ってみる事にした。
・・・が、行ってみると、さっき猫がいた場所には何も居ない。
血らしいシミはあるのだがそれだけで、あれだけドクドク流れていた血すら無い。
お互い顔を見合わせ周囲を探してみたのだが、やはり居ない。
廊下の奥には扉が1つあったのだが、鍵が掛かっているらしくビクともせず。
そこに居るとも思えないので、俺達は一先(ひとま)ず戻る事にした。
俺達は訳が分からなかったし不気味だったが、作業は終っていない上に、もう日も高くなってきていたので、怖さを紛らわすように荷物を運び出す作業を始めた。