格安ホテルでの気味悪い体験談
これは、もう何年も前の体験だ。
確か青森県内だったと思う。
出張で1泊するために安い宿を探して、適当に決めたホテルがあった。
そこは口コミも酷くはなかったし、何より安かった。
俺の勤める会社では宿泊代が定額で支給されていたので、少しでも安くして出張費を浮かせようとしたわけだ。
読めない大きな漢字
仕事を終えて夜になり、そのホテルに向かった。
古そうな4階建てくらいだったか、妙に細長い建物だった気がする。
安宿らしくロビーは狭くて、また乱雑に散らかっている。
安っぽい赤い絨毯からは異臭すらした。
呼び鈴で受付を呼ぶと、年配の男性が現われた。
チェックインしてエレベータへと移動すると、このエレベータもまた臭う。
そして3階の自分の部屋に入った。
狭い部屋にベッドとデスクと革の剥げた椅子という、ありきたりのビジネスホテルの部屋だ。
狭苦しくドブ臭い浴室でシャワーを浴びて、ベッドに腰掛けようとしてふと気づいた。
ベッドが木製だ。
その下部は大きな引き出しになっている。
物入れ用だろう、連泊するわけではないから使うこともないと思ったが、何気なく取っ手を引いた。
すると、目に飛び込んできたのが『大きな漢字』だった。
いや、ツクリは漢字みたいだが、読めない。
それは一文字10センチ四方くらいの大きな字で、毛筆で布にびっしりと書かれていた。
違和感を持ったが、それ以上は気に留めず、そのまま引き出しを閉めた。
その後、仕事の整理を終えて酒が欲しくなった。
自販機はロビーだ。
エレベータで降りようとしてボタンを押すが、どこかの階で止まったままだ。
3階だから階段で降りようとしたが、階段が見つからない。
何度か折れる薄暗い廊下で探していると、壁と同色で目立たないのだが、薄汚れた白い扉があった。
非常口とも書いていない。
なんとなく階段だろうと思い、扉を開けた。
廊下の明かりが弱く、中は暗くて見えないのだが、空気の感じでここは部屋ではなく階段だと思った。
扉から半身を入れて手探りで電灯のスイッチを見つけて押すと、豆電球が天井で弱々しく点いた。
わずかな明かりが辺りを照らし出すと、手前に1メートル以上はある大きな袋が積み上げられているのが目に飛び込んできた。
白地のその袋には、毛筆でびっしりと黒々とあの文字が書いてあった。
その袋が踊り場に3つ、4つ・・・、いや、薄明かりの中で視線を上にやると、上階への階段にも同じ袋が積み上げられていた。
これはシーツなどを入れるリネン袋かと思った。
しかし、形がおかしい。
パンパンに全体が膨らんでいるのではなく、所々が歪に突起したり、一部が丸く隆起した形状になっている。
なんだか階段に腰掛けるように置かれた袋や、横たわるように置かれた袋もある。
中に入っているものがシーツの類ではこうはならない。
かといって、鉄のような硬い物とも違う。
それに袋の布地にはびっしりとあの漢字の羅列だ。
なんだ?
不意の事態に全く理解できないまま、俺は呆気に取られていた。
そのうちに何故かは分からないが、俺は見てはいけない物を見ている気がしてきた。
それは嫌なことに、目が慣れるにつれて確信に変わった。
俺は明かりの届く上階への階段をずっと見ていたのだが、下階の明かりの届かない踊り場の暗闇で、さっきから誰かがじっと俺を見ているのだ。
俺は目の端で、暗闇に浮かぶソイツの影を捉えてしまった。
絶対に目を合わせてはいけないと必死になると、低くかすれた音、喉から漏れるような「ううう」という声がした。
その時、力んで凝視していた目の前の袋の幾つものシワがウネっとした。
俺はその場から逃げて、部屋の隅で一夜を過ごした。
後で調べたところ、あの漢字に見えたものは梵字だろうかと思った。
だが、その文字の意味は分からないままだ。
(終)