昏睡状態の母が壁に向かって・・・
これは、私の母が死ぬ少し前のことです。
その頃の母はすでに昏睡状態で、私はずっと病室に泊まり込んでいました。
そんなある晩、人の話し声で目が覚めました。
見ると、自力で起きることも出来ない母がベッドから起きあがり、壁に向かって話をしていたのです。
迎えに来てくれた
「○○さん、これはこれは遠い所からいらしてくれてありがとうございました。△△さんも来ていただいてありがとうございます」
そんな挨拶を延々と白い壁に向かってやっているのです。
もしや誰かいるのか?と私は目を凝らしましたが、白い壁をいくら見ても、読書灯に照らされた母の影が揺れているだけでした。
(もし、この時に人影でも見えていたら私は卒倒していたでしょう・・・)
とりあえず私は母の口から出る名前をメモしておりました。
1時間近くも母は挨拶を繰り返した後、「よろしくお願いします」と深々と頭を下げ、そのまま床に倒れ込みそうになりました。
慌てて掴まえてベッドに寝かせると、すっと寝入ってしまいました。
母が亡くなったのは、その3日後でした。
葬儀の時、集まった親戚にメモしていた名前を聞いてみたところ、母方の伯母が教えてくれました。
みんな昔に母と仲の良かった人たちで、事故や病気で亡くなっておりました。
昏睡が続くと錯乱することもあると医者には聞かされておりましたが、60歳にもならなかった母がよりによって死んだ人の名前ばかり口にしていたのは何故なのでしょうか。
私としては、『母の仲良しさんたちが迎えに来てくれた』のだと信じております。
(終)