誰も居ない貸家で感じた人の気配
これは、母から聞いた話です。
私の家は小さな『貸家』を持っていました。
しかし、私が高校生になる頃には老朽化で賃貸を諦め、鍵をかけたまま放置していました。
いわゆる”開かずの間”状態です。
ある日の昼下がり、母は換気の為に勝手口の鍵を開けて貸家の中に入りました。
その日は快晴だったので室内も明るく、蛍光灯の明かりをつける必要もありません。
次に玄関を開けようと思い、その途中にある居間を通り抜けようとしました。
そして二歩三歩と進んだ時、突然目の前で何者かがスクっと立ち上がり、トントントンと足音を立てながら母とすれ違うようにして、今開けたばかりの勝手口から出ていったそうです。
目には何も映らなかったのですが、母の耳元を生身の人間の息遣いが通り過ぎたそうです。
あまりの出来事に、母はその場で呆然と立ち尽くしていました。
しばらくして我に返えると、母の頭の中には”ある女性の顔”が浮かびました。
その女性は一番最後にその家を借りていた方で、賃貸中に病を患い、入院してそのまま亡くなられました。
その女性は座布団を居間のある決まった場所に敷き、その上にちょこんと座ってテレビを見るのが常でした。
母が訪ねると、いつも「私はこの場所が一番好きなのよ」と言って笑っていたそうです。
母はお化けや幽霊の類の話は全くしないのですが、ある日に突然、声を震わせながらこの出来事を話してくれました。
よほど怖かったのだと思います。
ちなみに、このような出来事は一度きりで二度とは起こっていないそうです。
(終)