山中で道に迷ってしまった夫婦の命運
これは、まだ男性が腰に刀を差していた頃の話。
ある旅の夫婦が、とある山中で道に迷ってしまった。
辺りもだんだんと薄暗くなり、どうしようかと迷っていたところ、“若い女”に遭遇する。
聞けば、女も道に迷ったという。
女一人では心細かろうと、夫婦は女と一緒に行くことに。
三人でしばらく進むと、寂れたお堂があるのを見つける。
今夜はここに泊まることにし、夫は焚き木を探そうと、妻と女をお堂に残して出かけた。
そして、お堂から少し離れた場所で夫が焚き木を拾っていると、突然妻の叫び声が響き渡った。
夫は慌ててお堂まで戻ったが、中はもぬけの殻。
周辺を探し回ると、ある大きな枯れ木の上に何かがぶら下がっているのが目に入った。
近づいてよく見てみると、それは『真っ二つに引き裂かれた妻の身体』であった。
夫は嘆き悲しむこと限りなく、せめて妻の亡骸を降ろしてやろうとしたが上手くいかない。
どうしようもなく佇む夫だったが、突然後ろから声をかけられた。
振り返ると、”木こりらしい男”が神妙な顔をして立っている。
「ははあ、これはこの山の化物にやられなすったな。気の毒なことだ」
妻の亡骸を見上げてそう言うと、男は夫に取引を持ちかけた。
「この木に登るのは大層骨が折れることだが、あなたの持っている刀をワシにくれるのなら、奥さんの亡骸を降ろしてあげましょう」
夫は仕方なく、腰に差していた刀を渡した。
「これだけではなく、あなたが懐に持っている小刀もくださらないと」
夫は懐に小刀も持っていたが、化物が出るような山中で丸腰というのは有り得ない。
男はしつこくせがんだが、夫もこれだけは駄目だと固く拒んだ。
しばらく問答があった末、男は無言で枯れ木の方へ向かった。
夫はやっと諦めたのかと見守っていたが、スルスルと木に登っていった男は妻の亡骸のところまで辿りついたかと思うと、その亡骸をバリバリと食べ始めたではないか。
これはどうしたことかと夫が呆気に取られていると、妻の亡骸をペロリとたいらげた男は夫を見下ろし、「おしかったなあ。その小刀も渡していれば、お前も食ってやれたものを」と言い放つと、笑い声を響かせながらかき消えた。
(終)