幼女との偶然の出会いが招いたトラブル
これは、後味の悪い体験をした話。
社会人になったばかりの頃、営業先から会社へ戻るためにバス停で並んでいた。
すると、バイオリンケースを持った4~5歳ぐらいの女の子と母親がやってきた。
教室に行くところらしい。
「ママは今日はどうしても一緒に行けないの。お迎えには行くから、ね」
「ヤダ。ママも一緒にきて」
「▲▲停留所って言ったら、『運転手さん、降ります』って言えばいいのよ」
「できないよー」
女の子は半ベソ状態。
その様子をボーっと眺めていると、母親と目が合った。
そして、「すみません。▲▲停留所まで行かれますか?そこで降車ブザーを押して、この子を降ろしていただきたいんですけど」と声をかけてきた。
▲▲はちょうど自分も降りる所だったので、「いいですよ」と返事をした。
「お兄さんが一緒にバスに乗ってくれるんだって。よかったね」
母親が言うと、女の子はケロっと泣き止んで、ニコニコしながら僕の手を掴んできた。
そうしているうちにバスがやって来た。
車中、女の子は人懐っこく、子供らしい他愛もない話を延々としていた。
そして▲▲停留所に着いて、一緒に降りた。
「ここからは一人で行けるんだよね?」と尋ねると、「うん。だけど、お兄ちゃんも一緒にきて」と言って、僕の手をぐいぐい引っ張った。
ここで泣かれても困るし、母親の話では徒歩で5分程だと聞いていたので、バイオリン教室まで付き合うことになった。
歩き始めて3分ほど経った頃、自転車に乗った警官とすれ違う。
警官がチラっとこちらを見る。
目つきは鋭かった。
よくよく考えてみれば、かなり怪しい僕。
平日の昼間にスーツ姿の若い男が幼女の手を引いている。(実際には引っ張られていたが)
兄妹には見えないし、親子にも見えないだろう。
ちょうどその時、背後で自転車のブレーキの音がした。
そして、ポンポンと肩を叩かれ、「ちょっとよろしいですか?」と。
後は察して欲しい…。
疑いは晴れたが、結局それが原因で会社を辞めることになった。
ちなみに、僕はそっちの趣味は全くない。
警官とのやり取り
交番に連れて行かれて、女の子が泣きじゃくる。
驚いて泣いているのに、お巡りさんはそうは思ってくれない。
僕も動揺して、うまく事情が説明できない。
営業中だったので、社名のデカデカと入った紙バッグを持っており、その場で会社に連絡された。
会社がすぐ近くだったのと、そこの社員だというのを信じていなかったのかもしれない。
IDカードを見せれば済んだはずなのに、それすら思いつかなかった。
結局、バイオリン教室の先生経由で母親に連絡が取れて、身の潔白は証明された。
僕は上司に引き渡されて、その日はそのまま帰宅した。
後日談
この手の面白い話は、広まるのが早い。
僕は『幼女誘拐容疑で捕まった新入社員』として有名になってしまった。
それでからかわれたり、自分でもネタにして笑っていたのだが、なんとなく居心地が悪かった。
特に女性社員の目は笑っていなかった。
今まで仲良くしていたのに、急によそよそしくなったり。
半年我慢したが、一身上の都合で退社した。
あの女の子の母親はきちんとした人で、バス停で頼まれたこともおかしなことだったとは思っていない。
その後お詫びに来てくれたが、とても丁寧で、こちらが恐縮してしまうほどだった。
女の子も一人でバスに乗るのは怖かったと思う。
僕自身も10歳まで一人で乗ったことなかったし。
お巡りさんも不審者を調べることは仕事。
もし僕が本当に誘拐犯だったらグッジョブだっただろう。
会社の人たちのリアクションも、極々当たり前だったと思う。
何とかは蜜の味ということで。
もちろん、僕も悪いことをしたつもりはない。
こういうのを『歯車が狂う』というのだろう。
(終)