うちに転がり込んできた叔父の話

滝つぼ

 

その昔、時はまだ昭和。

 

俺が小学校に入りたてのガキだった頃、

 

歳の離れた親父の弟である叔父が

うちに居候していた。

 

叔父は良い大学を出ていたにも関わらず、

就職もせず、

 

実家を出て飲食店を経営していた兄のところ、

つまり俺んちに転がり込んできた。

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俺は今、何をやっても上手くいかないのは・・・

叔父は毎日昼前に起きては、

 

釣りに行ったりパチンコに行ったりと、

のんびり暮らしていた。

 

口は悪いが明るくて面白く、

悪い遊びもいっぱい教えてくれた。

 

俺にとっては最高の兄貴みたいな存在だった。

 

俺が住んでいた所は、

 

映画館が一つしかないような

片田舎の小さな町で、

 

町の人らは自堕落に暮らすうちの叔父に対し

口さがない噂を叩いていたようだが、

 

※口さがない

他人のことを、あれこれ口うるさく批評する。口うるさい。

 

叔父は意に介さずといった態で、

ガキの俺を子分のように引き連れては、

 

釣りだ!映画だ!パチンコ だ!祭りに花火だ!

と毎日毎晩遊び回っていた。

 

ある日、母が婦人会の会合とやらで

日がな外出していた。

 

父に頼まれた叔父が、

母の代わりに店番をする日があった。

 

これまでも時々、

叔父が店に立つ日もあったのだが、

 

この日はちょっと事情が違った。

 

夜10時頃に店が閉まると、

親父は叔父を呼んで説教を始めた。

 

ガキの俺が耳をダンボにして聞いていると、

 

どうもレジの勘定が合わない、

しかも結構な額で、

 

という事だった。

 

段々と声を荒げてくる親父。

 

叔父に対する普段の鬱憤(うっぷん)

ここぞとばかりに吹き出し、

 

説教は非難に変わった。

 

下を向いて聞いていた叔父も、

そこまで言われてはと言い返し始め、

 

最終的には激しい口論になった。

 

無力な子供の俺は、

ただオロオロするばかり。

 

今にも二人は取っ組み合いの喧嘩に

なるんじゃないかと、

 

目に涙を溜め状況を見守っているところへ、

母が帰宅。

 

母が文字通り身を挺しての懇願で、

その場は収まった。

 

「俺は盗っとらんからな!」

 

と吐き捨てると、

 

叔父は2階にある自分が寝泊まり

している部屋へ引っ込んだ。

 

翌日の土曜日。

 

俺は学校から帰ってくると、

叔父が居間で一人テレビを見ていた。

 

俺を見つけると、

 

「よう、カズ坊。釣りに行くぞ」

 

と誘ってきた。

 

その日の天気は薄曇りの晴れ。

 

前日の夜まで降り続いた雨で、

 

川は絶対に釣りに向いていないだろう

とは思ったが、

 

赤く泣きはらした叔父の目を見ると、

 

子供心に叔父を気遣い、

釣りに付き合うことにした。

 

行く先は、いつもの滝。

 

40分ほど歩き、

山道の細い脇道を降りると、

 

いつも釣りにくる滝へ出た。

 

案の定、

川は前日までの雨で水位を増しており、

 

滝壺からは泥の色の濁流が

渦を巻いて流れ出していた。

 

天気は家を出た頃よりも曇り気味。

 

滝の周りには木が茂り、

弱い日光も遠ざけ一層薄暗い。

 

暗い森の中に叔父と二人。

 

普段は冗談好きな叔父が、

今日は言葉少ない事も気になり、

 

俺は叔父を気遣うように場を盛り上げ、

はしゃいでいるフリをしていた。

 

いつもの岩に腰掛け、

叔父と二人で釣り糸を垂らす。

 

水位2メートル以上はあろうかという濁流に

餌を投げたところで、

 

浮きは流されるばかりで釣れる訳もない。

 

俺は段々と退屈になり、

前夜の寝不足もあってうつらうつらしてきた。

 

ふと隣を見ると、叔父がいない。

 

「あれ?叔父さん?」

 

と辺りを見回す。

 

振り返ると、

背後の叔父と目が合った。

 

叔父は両手のひらを自分の胸の前に出し、

俺を前に押しやろうとする格好で立っていた。

 

目の前は濁流。

 

理解し難い状況に固まる俺。

 

両手のひらを前にやったまま、

無表情で身動ぎしない叔父。

 

しばらく見つめ合う、俺と叔父。

 

とにかく俺は気合いで負けたらダメだと

直感で感じ取り、

 

目に力を入れて叔父を見返していた。

 

しばらくすると強い風が吹いた。

 

風は木々の葉に溜まった水滴を落とし、

俺らの周りに雨のように降った。

 

額に水がかかり、ハッとする俺。

 

「・・・叔父さん、

父ちゃんが待ってるかもしれんけん。

 

俺、先に帰るから」

 

わざと”父ちゃん”の部分に力を込めた。

 

子供心に虎の威を借りたつもりの知恵だった。

 

※虎の威を借る(とらのいをかる)

他の人の権力を後ろだてにして威張ること。

 

叔父はハッとして、

 

「お、おう。先帰っとき。大丈夫か?」

 

と虚ろな表情で言った。

 

俺は振り返らず歩き出すと、

しばらく進んでから走り出した。

 

全力で。

 

振り返ったらあの無表情な叔父が

すぐ背後にいる気がして・・・

 

とにかく夢中で走った。

 

家に着くと、

 

叔父が帰ってくるのが怖くて

布団に潜り込んだ。

 

店から帰ってきた母から、

 

「どうしたの?具合でも悪いとね?」

 

と訊かれたが、

 

ただ「疲れた、眠い」とだけ言い、

その日はそのまま寝てしまった。

 

叔父はその夜、

とうとう帰って来なかった。

 

日曜が過ぎて翌日の月曜日、

 

滝から大分流された下流の中州で

叔父は見つかった。

 

遺書が無かったために、

 

叔父は釣りに行って足を滑らせ

濁流に流された、

 

という事になったらしい。

 

親父がその日、

 

何も無いがらんとした叔父の部屋から

包丁を見つけた。

 

親父は叔父の出棺の時、

お棺にすがり付いて号泣していた。

 

どうしても欲しかったGアーマーのガンプラを

近所の模型屋で見つけ、

 

叔父の目を盗んで店のレジから

千円抜いたのは俺だった。

 

叔父は多分、事実を知っていた。

 

親父も気付いていたかも知れない。

 

でも誰も、

もうその事を話そうとはしなかった。

 

俺は今、

何をやっても上手くいかない。

 

未だにあの無表情な叔父の顔を、

夢で見て飛び起きる。

 

叔父さん、ごめんなさい。

 

許して下さい。

 

(終)

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