若い女性が縄を手にして山を登って行ったが
これは、俺が青年団に所属していた時の話。
ある日のこと、「近くの山に若い女性が縄を持って登って行った」と警察に連絡があった。
その為、地元の消防や警察、また青年団やらが、山へその女性を捜しに行くことになった。
だが、時刻も夕方になりかけていたので、二人一組となって2時間で見つけられない場合は翌日に持ち越し、という予定だった。
俺とツレは、登山道から登って行った。
まさか見つけるはずはないと思っていたので、バカ話をしながら気楽に登山を楽しんでいた。
「オーイ、オーイ、オーイ」
登山道の途中には大きな岩があり、そこから獣道に入って行く。
1時間くらい歩いていただろうか。
日も段々と傾いてきて、そろそろ2時間かな?と思っていたその時、目の前の木にサンドバックのようなものが吊るしてあるのを見つけた。
少し近づいてみると、それはサンドバックではなく『人が首を吊っていた』のだ。
俺達は腰が抜けそうになった。
しかし、”二人いる”という心強さもあって、もっと近くへ寄って行った。
その首吊りの死体は俺達に後ろを向いていて、性別はよく分からなかった。
俺達は連絡のあった女性かどうか確かめる為に、吊られている死体の正面へ移動する。
俺は葬式以外で死体というものを初めて見たが、首吊り死体というのは醜い顔だった。
「とにかくすぐに連絡を取らなきゃいかん」と思い、トランシーバーに話しかける。
だが、電波が悪くてガーガーと音がするだけだった。
次第に辺りも暗くなり始め、俺達は泣きそうになってきた。
そこで、俺達のどちらかが登山道まで出て、他の誰かを捜しに行くことになった。
正直ここに残ることだけは勘弁してほしかったが、俺はジャンケンに負けた・・・。
ツレは俺を哀れそうに見ながらも、来た道を引き返して行く。
俺は死体と二人きりに。
『暗くなってきた山の中で死体と二人きり』というシチュエーションに、恐怖感が増していく。
なるべく死体を見ないようにしていたが、時間が経つにつれて怖さが薄らいできていた。
そんな時、「もう一度だけ死体を見てやろう」と振り向いてみると、確かに後ろを向いていた死体がこちらを見ていた。
そして目が合う。
次の瞬間、俺は本気で悲鳴を上げた。
なぜなら、風もほとんどないのに吊られた死体が動いていたのだから・・・。
俺は、ひたすらツレが早く帰って来ることを願った。
時間にすると30分ぐらいだろうか。
遠くから「オーイ」という声が聞こえた。
俺は見境なく、「オーイ、オーイ、オーイ」と叫び続けた。
もう後で笑われてもいいからと、とにかく誰かに来てほしかった。
直後、バサッ・・・という音がした。
俺は、また悲鳴を上げた。
死体の方を振り向くと、首を吊っていた枝が折れたようだった。
死体はグニャとなり、俺に持たれかかってくる。
「だめだ・・・もう無理・・・」と思った時、ライトの明かりが照らされた。
やっとみんなが駆けつけて来てくれたのだ。
情けないと思ったが、俺は生きているものに触りたかったのでツレを抱きしめた。
少し泣いていたかもしれない。
そして色々と処理をした後、山を降りた。
ただ、降りてからツレがこんなことを言った。
「みんなを連れて俺の所に戻っていた時に、『オーイ、オーイ、オーイ』という女性の声がした」と。
俺は「お前がオーイって遠くから言ってくれたので、オーイ、オーイ、オーイと必死に返したんだ」と言うと、「お前はオーイなんて言ってなかったぞ?」と言う。
二人して、そのまましばらく固まった。
もう10年くらい前の出来事だが、そのツレとは未だにこの話になる度に、あの時の俺の情けない顔が笑いのネタになっている。
(終)