生涯行ってはいけない寺 2/2
叔母が訝っていることを見抜くように、
車は急にスピードを上げた。
※訝しむ(いぶかしむ)
不審に思う。疑う。
目を見開き真っ直ぐに前を見る夫。
「ねえ、どうしたの?
ちょっとスピード出し過ぎじゃない?」
と言うも返事がない。
・・・おかしい。
いつもは夫へ口出ししない叔母も、
内心では息子への想いと
●●寺への不安がせめぎ合い、
少しずつ焦り始めた。
車の先に『↑ ●●寺』の看板が再び。
距離からして後10~20分も行けば
●●寺へ着くだろう。
「ねえ、ちょっと、
病院こっちの道でいいの?」
夫からの返事はない。
もしかして夫は正気ではないのかしら・・・
ねえ、ちょっと!と夫の肩を揺する。
うるさい!と跳ね除ける夫。
「ねえ、どうしたの?変よあなた?」
叔母を無視するように車を飛ばす夫。
「車を止めて!
私はタクシーで行くわ!」
大きな声を出す叔母。
だが、夫は聞こえないように車を走らせる。
変だわ。
おかしい。
とにかく車を止めなければ。
そして一刻も早く病院へ向かわねば。
サイドブレーキを引けばいいのかしら?と、
運転席へ手を伸ばす妻。
「何するんだ!」
夫が大声で妻の手を払い除ける。
夫の大声でビクっと体を振るわせる叔母。
そして、夫の狂気を確信した。
スピードを増す車。
目前に『右 ●●寺/左 市街地』の看板。
「車を止めて!!」
叫ぶ叔母。
車は速度を緩めない。
夫は右にハンドルを切ろうと・・・
寸前、叔母はハンドルを掴んで
思い切り左に切った。
ブレーキを踏む夫。
車はスピンして、
分かれ道の角にギリギリ手前で止まった。
夫は目を見開いて、
狂気の表情で叔母を睨(にら)む。
そして、
叔母の首めがけて手を伸ばす。
身の危険を感じて、
車を降りようとする叔母。
シートベルトを外そうとする手を掴まれ、
強い力で引き寄せられた。
顔の狂気は凄みを増し、
両肩を凄い力で掴まれた叔母。
ああ、やはり・・・
●●寺へ近づくべきではなかった。
あの老看護婦さんの言われた通りだったのか、
と観念しかかった時、
夫が「ごめんな」と一言。
次の瞬間、
強烈な張り手が叔母の顔に飛んだ。
続けざまに2~3発。
「おい!しっかりしろ!」
朦朧としている叔母は、
「こ、殺される・・・助けて・・・」と。
「何言ってんだ!起きろ!
お前正気か?」
意識が晴れてくる叔母。
眼前には心配そうな夫の顔が。
「あなた、正気に戻ったの?」
「・・・お前こそ!
電話かけてきた時から
様子が変だとは思ってたけど、
どうしたんだ一体?
お前は車を出して暫くしたら
寝だしたんだぞ。
暫くすると起きて、
息子の無事を祈願に●●寺へ行こうだとか、
ここら辺は来たことがないから
少し観光して行きたいだとか言い出して、
『何言ってるんだ!
先ず息子の迎えが先だ!』
と言ったら怒り出して。
今度は車を止めろだとか、
タクシー拾って●●寺へ行くだとか言い出して。
運転の邪魔までしだして!
・・・挙句、
分かれ道のところで無理やり
●●寺の方へハンドル切って!
ブレーキが間に合わなければ
俺たち死んでたぞ!!」
呆然とする叔母。
今まで自覚してきた事と全く逆だ。
でもそう言われると、
自分は車に乗った頃からの道すがらを
あまり覚えていない。
とにかく今は落ち着いて、
急いで外科病院へ向かおう、
息子が待っている、と。
病院への道すがら、
叔母は夫へ老看護婦の言葉を教えた。
夫は驚き、
妙な話もあるものだと訝ったが、
それ以上は取り合わなかった。
息子は、遠足で行った公園にある、
城跡の石垣から落ちた。
頭を10針近くも縫う怪我だったが、
幸い後遺症もなく、今でも元気。
その城跡は、
●●寺へ奉られる武将のお城だったことが
後で分かった。
さらに、最初の学校側からの連絡は
担任の先生だけからで、
教頭先生から叔母への電話は
かけられていなかったことも・・・
叔母の家も含め、うちの一家は、
未だに●●寺へ行った事がない。
(終)