某研究所のマウス実験施設にて

マウス ネズミ

 

某研究所の実験動物棟で働いていた時の話です。

 

仕事内容は、動物の世話、実験室の掃除、

滅菌処理、実験補助など。

 

私がいた実験動物棟は

クリーン動物(マウス)を飼育している棟で、

 

入室には無塵衣と呼ばれる塵の付きにくい

全身を覆うタイプの衣に着替えます。

 

むき出しの部分は顔と手、

足だけの服です。

 

滅菌マスクをし、

手は消毒後に医療用手袋を付けます。

 

足は滅菌済みの靴下を履きます。

 

この状態だと、

 

声、体型、目、眼鏡くらいでしか

人を判断できません。

 

その日、私は休日出勤に当たっており、

 

チャチャッと終わらせて帰ろうと思い、

急いでクリーンエリアへと向かいました。

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自分以外に誰も居ないはずが・・・

扉の前には私たち実験補助要員のネームプレートと

研究員のネームプレートが掛かっており、

 

私は自分の名前の書かれたプレートをひっくり返し、

他に人がいないことを確認しました。

 

動物を扱うため、

休日はローテーションで一人出勤が当たり前です。

 

また、研究員たちも、

まず出勤する人はほとんどいません。

 

早々と無塵衣に着替え、

エアシャワーを浴びて中に入りました。

 

クリーンエリアといっても色々で、

通常の移動範囲は、

 

脱衣所→エアシャワー→廊下→

各部屋(動物室/実験室)→廊下→脱衣所

 

簡単に書くとこんな感じです。

 

気圧調整もされています。

 

淡々と作業をこなしていき、

作業も半ばに来た時でした。

 

「ゴゥー」

 

エアシャワーの音がしました。

 

私は、「あ、誰か入ってきたな」と思い

作業を続けたのですが、

 

しばらくしておかししい事に気がつきました。

 

どれだけ経っても、

部屋に入って来る扉の音がしないのです。

 

気圧調整された部屋に入る時は、

 

扉の上にあるダンパー(空気を逃がす装置)

「カパーン!」と音がするし、

 

扉自体の音が「ガチャン!」とします。

 

一番遠くの部屋に居ても聞こえる音です。

 

不思議に思い、

各部屋を点検に行きました。

 

扉には小窓(覗き窓)が付いており、

その小窓には蓋が付いています。

 

一部屋ずつ小窓を覗いていきます。

 

蓋を「カパッ」と開けて小窓を覗き、

「パタン」と閉めて次の部屋へと。

 

全ての部屋を覗きましたが誰も居ません。

 

釈然としませんでしたが、

作業中の部屋に戻りました。

 

作業はマウスの戸敷を

新しいものに変えるというものです。

 

部屋にはマウスを飼育するケージが

ラックに並べられています。

 

ラックは一部屋に6個設置されており、

1ラックは4段の作りになっています。

 

1段に5ケース。

 

1ケースには1~5匹のマウス達が

飼育されています。

 

「ガサガサゴソゴソ」、

「チチチッ(泣き声)」など、

 

かなりの数のマウスが絶えず音を発しています。

 

と、その時に一瞬、

 

マウス達のザワザワが止み、

「パタン」という音が部屋に響きました。

 

扉に付いている小窓の蓋を閉める音です。

 

!!

 

(なんだ?!)

(誰か覗いていたのか?)

 

急いで扉を開けて廊下を確認したのですが、

一本道の廊下には誰も居ません。

 

廊下には飼育室や実験室へと繋がる扉が

均等に並んでいるだけです。

 

ドアの開閉の音も聞こえませんし、

 

「なんかやばいぞ!」と思い、

とにかく急いで仕事を終わらせました。

 

クリーンエリアを出て

ネームプレートの確認をしましたが、

 

“入室中”は自分のみ。

 

靴も確認しましたが、

自分の靴しかありません。

 

おかしい。

 

確かに音がしたのに。

 

エリア外から中の廊下を覗ける場所があり、

見に行きました。

 

(あれ・・・誰かいる・・・)

 

一本の廊下の左右に扉が並んでいる。

 

その廊下の真ん中あたりに人がいます。

 

廊下の突き当たりは壁。

 

反対の突き当たりは、

今覗いている壁と窓。

 

(あれは誰だ?)

 

無塵衣を着た人が這っているのが見えました。

 

四つん這いで身を小さくして、

 

ちょっと進んでは止まり、

またちょっと進んでは止まりという感じです。

 

じっと見ていると、

ソレの動きは止まりました。

 

そして、こちらを振り返りました。

 

私は反射的にお辞儀をしていました。

(エリア内では普通の挨拶の仕方です)

 

誰かを確かめようと顔を見ました。

 

無塵衣の空いている部分(顔の部分)

 

マスクのせいで目だけしか見えませんが、

その目が明らかにおかしい。

 

目に何か生えている。

 

ソレとの距離は約30m。

 

遠くてよく見えない。

 

よく見ようと身を乗り出した時、

 

ソレが凄いスピードでこちらに向かって

這いずって来ました。

 

四つん這いなのに異常に速い。

 

「うわっ!」

 

思わず声が出てしまった。

 

ソレと2~3mまで迫った時、

目に生えているものが分かりました。

 

それは、『注射針』でした。

 

向かって左の眼球に、

注射針が刺さっていました。

 

反対の目は目元が糜爛(びらん)しているようで

(ただ)れていました。

 

その瞬間、

 

ぴょんとソレがジャンプして、

私に飛び掛ろうとしました。

 

私は目を瞑ってしまい

恐る恐る目を開けたのですが、

 

ガラスの壁に当たっているだろうソレは

消えていました。

 

音もしませんでした。

 

ほっとしたその時、

女性の大きな声がしました。

 

「許さない!お前ら覚悟しておけ!

*○×▼△!(聞き取り不可)

 

逃げた。

 

私は転げるように逃げ帰りました。

 

職場の人にはこの話をしませんでした。

 

その後に転職してしまったので、

どうなったかは分かりません。

 

あれは何だったのか・・・

 

ただ、目元の糜爛というのは、

マウスがよくなる症状なのです。

 

(終)

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