霊のニオイを嗅げる人
バイト先の会社の寮で“幽霊騒ぎ”があった。
俺は入社して1年も経たないのでよく知らなかったが、以前から気味の悪い事が起こっていたらしい。
寮に入っている社員のTさんの部屋が特に出現率が高いそうで、Tさんは俺に相談してきた。
T「この前もさ、顔洗って鏡を見たら俺の後ろに怖い女が映ってたんだよ。うわっ!と思って振り向いたらまだ居るんだよ。せめて振り向いたら居なくなって欲しいわ・・・」
Tさんは精神的にかなり参っているようだ。
俺は子供の頃から霊感が強く、いわゆる『みえる人』だが、だからと言って霊をどうこう出来るわけではない。
しかし仕事中もずっと虚ろな目をしているTさんを、このまま放っておくのも酷だ。
俺は同時期に入ったバイトのZを誘って寮へ行くことにした。
Zは子供の頃から霊嗅覚が強く、いわゆる『嗅げる人』だ。
それが何を意味するのか、寮での体験を以下に報告する。
“見えない”は無敵だ
俺たちが行くと、Tさんは余程一人が心細かったのか、わざわざ外まで出迎えてくれた。
だけど俺は寮を見た時から、なんとなく嫌な感覚に襲われていた。
夜中にパトカーの回転灯が集まっている場所を見るような、そんな嫌な感じだ。
・・・ふと窓の一つに目をやると、閉じたカーテンが不自然に捲れ上がり、そこから妙に小さな顔っぽいものがこちらを見ている気がした。
俺にはそれが、“近づくな”の警告に思えた。
でも極力明るく振舞うTさんに気を遣って、その事を言えずに見られるがままだった。
俺「えっと・・・、どうだ、Z?何か感じないか?」
Z「ん・・・いや、特に無いな。まあ上がらせてもらおうか」
T「おう、酒も用意しといたぜ。さ、さ、入れよ、な?」
俺は正直なところ”今日は止めておこう”的な気分になっていたが、下戸のTさんに酒を用意されては退路が失われた。
Tさんの部屋に近づく程、嫌な感覚が増していく。
案の定、さっきのカーテンが捲れ上がった部屋だった。
飲んでも気分が盛り上がるはずもないが、度胸付けの気持ちで飲む。
さりげなくカーテンを直しておいた。
Tさんによると、夜寝ている時が一番怖いのだと言う。
最近はまともに眠れなかったそうだ。
今日は人が居ることに安心したのか、飲んでもいないのにウトウトとしている。
俺「布団で寝たらいいですよ、Tさん」
T「ん、ああ、スマンな」
Z「明日も仕事だし、俺らも寝るか」
この部屋ではとても眠れるような気分ではないが、俺とZも毛布を借りて寝ることに。
なんとなくカーテン側は嫌だったので、離れてソファーに横になった。
俺の様子が変だったのか、Zが小声で訊いてきた。
Z「なあ、何か見たのか?」
俺も小声で返す。
俺「ああ。ここに入る前に気味悪いのを・・・Zは?」
Z「特に無いって。俺は見れないもん。嗅げるだけ」
俺「何度聞いてもわかんねぇよ、ソレ・・・。あのさ、幽霊ってどんなニオイなの?」
Z「それぞれだな。モノによるよ。一つ言えるのは人間のニオイじゃないって事かな」
それは少し分かる。
・・・いつの間にか電気が消えていた。
(どうやら寝ていた?)
(そんな気はなかったが・・・)
体の向きを変えようとして、奇妙な音に気づく。
ペタペタッ、ペタペタッと、低い所から聞こえてくる。
(床に手を付ける音?)
(何かが床を這い歩いて・・・)
そう判断している最中にペタペタのリズムが早くなり、体が強烈に重くなった。
金縛りとは違う、目を開けるにも全力を使うような状態。
そして俺が見たのは、“正座で俺の胸の上に乗る女”だった。
昔のアイドルが着るような黄色の派手な服だが、体は普通だ。
頭が野球ボール程しかなく、頭蓋骨を抜いて干しあげたような質感をしている。
結果、やはり普通の人間には見えない。
俺「・・・Z・・・おい、Z・・・」
声を絞り出す俺に、決して人間ではない女の顔が近づく。
俺「Z!気付いてくれ・・・」
Z「・・・ん?なんだ?どうし・・・あ、くせぇな。居るなコレ。(クンクン)」
Zはニオいながらこちらに近づいて来る。
“見えない”は無敵だ。
Z「(クンクン)この辺からだな。(クン・・・)え?なに?お前の上に居んの?うわっマジにか。(クンクン)あ、コレはね、なんつーんだ、ペット売り場系のニオイだな。小動物。あんまり大した霊じゃないのかも。(クンク・・・)ぇひっ?!な、何だ、ひょっとしてこの辺が頭じゃね?人外の部分は臭ぇんだ。コイツ相当ブサイクだろ?(クン・・・ゴフォッ!)なんだろ、ハムスターとかじゃねぇぞ。亀の食い残したエサが水槽の底に溜まっ」
俺「あ、もういいよ。居なくなったから・・・」
Zがニオイ分析から表現している頃合で大抵の霊は消える。
また、女性の霊は早く消える傾向がある。
幽霊にとってニオイを嗅がれるのは余程ショックなのか、それからは二度と出て来ないらしい。
翌日、久しぶりに熟睡出来たというTさんが職場でこの話を披露した。
元々冗談が好きなTさんの話に、ほとんどの人は半信半疑だが、寮に住んでいる人からは感謝と畏敬(いけい)を込めてか、Zを下の名前の『カオル』と呼ぶようになった。
(終)