口内海 2/3
自分の身体がカラカラに
乾いていくのを感じ、
天井を見つめながら、
このままミイラになって
死ぬのだろうか、
と考えた。
この状況が続けば間違いなく
死ぬだろうなと思った。
母も父も、
毎日看病に来てくれた。
普段は絶対そんなことはしないのだが、
入院中、母はずっと私の手を握っていた。
それを見ながら、
自分は大事にされているのだなと実感した。
死にたくないな。
今までの自分の人生で、
初めて強くそう思った。
そんな生活を送っていたある日、
一人の友人が病院に見舞いに来た。
当たり前だが、
入院中は学校を休んでいた。
両親も何と学校に説明したらいいか、
分からなかったのだろう。
理由は伏せられていて、
後で訊いたら、
原因は夏風邪ということになっていた。
その友人は、
学校のプリントを届けに家に来た折に、
私の入院を知ったのだった。
彼は病室に入るなり、
無表情のままぽかんと口を開けた。
そうして、
私が寝ているベッドの傍に来ると、
しみじみとした口調でこう言った。
「痩せたねぇ・・・」
その言い方が可笑しくて、
私は少しだけ笑ってしまった。
笑ったのは久しぶりだったし、
自分にまだ笑う元気があったことが
驚きだった。
その時は母も父もおらず、
他に入院患者もいなかったので、
病室にいたのは私と彼だけだった。
彼は『くらげ』というあだ名の、
ちょっと変わった男だった。
海に浮かぶくらげのように、
クラス内でもちょっと浮いている存在。
理由は、
彼が常人には見えないものを
見るからだ。
いわゆる、『自称、見えるヒト』だ。
何でも、
ある日、自宅の風呂の中に何匹もの
くらげが浮いているのを見た日から、
そういうモノを見るようになったのだとか。
と言っても、
彼自身はそのことを吹聴もせず、
そのことについて問われると、
「僕は病気だから」
と答えていた。
当時、私はよく、
くらげと遊んでいた。
彼といると面白い体験が
出来たからだ。
私「マジでやばくてさ。
なんか、死ぬかも」
私はくらげに向かってそう言った。
その言葉は思ったよりあっさりと、
口から出てきた。
くらげは黙って私のことを見ていた。
その視線は、
左腕の関節部分に刺さった点滴の針から
伸びる細いチューブを辿り、
頭上にある栄養と水分の入った
パックに行き着いた。
く「これ・・・、夏風邪じゃないよね。
どうしたの?」
私は、ことの始まりから今までのことを、
くらげに話した。
途中、彼は相槌も頷きもせずに、
じっと耳を澄ましていた。
話が終わると、「ふーん」と言った。
く「ねえ、ちょっと、口開けてみて」
私「・・・口?」
く「うん。歯を治療する時みたいに、
『あー』って」
私は言われるままに口を開けた。
すると、
くらげは少し腰をかがめて、
私の口の中を覗き込んだ。
く「・・・あー、これじゃ塩辛いよね」
くらげが上体を起こした。
く「海になってるよ。
君の口の中」
訳が分からなかった。
くらげは納得したように一人頷くと、
く「じゃあ、ちょっと僕、
海に行って来るよ」
と言って、
私に背を向けた。
私は意味が分からず
口を開けたまま、
彼が病室を出るのをただ見ていた。
その後しばらくして、
病室に飴玉の袋が届けられた。
看護師さんが言うには、
くらげが下の売店で買って、
私に渡してくれと言ったのだそうだ。
唾液のせいで塩味の強い飴玉は
美味しくは無かったが、
他と比べれば何とか食べることが出来た。
その夜、私は今までで一番の
吐き気に襲われた。
眠っている最中だったが、
反射的に傍に置いてある
バケツを引き寄せ、
中にぶちまけた。
それは、滝のような、
という表現が一番ぴったりくる。
出しても出しても治まらなかった。
ようやく治まると、
私はベッドに倒れ込んだ。
気がつくと、
病室の明かりがついており、
ベッドの周りに看護師と医者と
母がいた。
私は無意識にナースコールを
押していたらしい。
見ると、
五リットルは軽く入りそうなバケツが
半分ほど吐しゃ物で埋まっていた。
とはいえ、
胃の中に何も入っていなかったからか、
それは恐ろしく透明な液体だった。
自分の体にまだこんなに
水分が残っていたのか、
と驚くほどに。
看護師と医者は難しい顔で
何か話し合っていて、
母は疲れ切った笑顔で
私の頭をそっと撫でた。
母「寝てていいんよ」
母にそう言われ、
私は目を閉じた。
しかしそのうちに、
私は口の中に違和感を感じた。
いや、
違和感が無いことによる違和感、
と言った方がいいだろうか。
とにかくどういうわけか、
すっきりしていたのだ。
今までは、吐いた後も
不快感しか残らなかったのに。
まるで、
先程の嘔吐で悪いものを何もかも
吐き尽くしてしまったようだった。
唾を呑みこもうとしたが、
口の中が渇いてしまっていた。
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