黒服の人々 2/6
「わざわざ、どーも」
彼の言葉に、私は無言で
短く礼を返した。
彼とは話したことは無いが、
初対面ではない。
この家で一度か二度、
顔を合わせている。
彼はくらげの兄で、
三人兄弟のうちの次男。
くらげとは四歳か五歳、
離れていると聞いていた。
そして、くらげがその二人の兄から
ひどく嫌われているとも。
次「えっと、何だろ?君は今日、
あいつに呼ばれて来たの?」
彼が言った。
『あいつ』とはもちろん、
くらげのことだ。
嫌な聞き方だと思った。
私は首を横に振り、
「いえ」とだけ答えた。
次「じゃあ、クラスの代表とかで?」
そんなことがあるわけがない。
彼は薄く笑っていて、
明らかに私をからかっていた。
私は彼をまじまじと見た。
信じられなかった。
すぐそこに彼の祖母が眠る場所で、
彼はいとも簡単に
軽口を言ってのけたのだ。
正直、腹が立った。
けれども、私は膝に置いた手を
ぎゅっと握りしめて、
頭の天辺へとにじり上ってくる
不快な感情を抑えた。
私「おばあさんのご飯を、
食べたことがあるから・・・。この部屋で」
次「あいつが飯食いに来いって?」
もう答えるのも嫌になって、
私は無言で首を横に振った。
私のそんな様子を見て、
彼は面白そうに薄く笑った。
次「なあ、これ、
好奇心から聞くんだけど」
と彼が言った。
次「君ってさ、あいつの何なの?」
私はもう一度、彼を見る。
私は、くらげの、何だ。
それは考えるまでもなかった。
私「・・・友人です」
彼が笑う。
次「友達ならさ、あいつのこと、
どこまで知ってんの?
・・・これ、
親切心から言うんだけどさ、
俺、あいつの友達にだけは、
ならない方がいいと思うんだよな」
彼の言いたいことは、
大体予想が出来た。
彼はくらげが『自称、見えるヒト』である
ことを言っているのだ。
まるで見えず、
まるで信じない人からすれば、
彼の言動は虚言症持ちか、
もっと言えば、
精神異常者として映っているのだろう。
兄や父親も同じような考えなのだろうか。
くらげは自分の見える力のことを
『病気だから』と言う。
私は思う。
彼はきっと、こんな環境に居たからこそ、
そう思うに至ったのだ。
唇を噛んだ。
けれども、見えない人には何を言っても
仕方がないのだ。
私「・・・自分で病気だと言っていることは、
知ってます。・・・何が見えるかも」
彼が初めて「へぇ」と、
驚いたような顔をした。
次「知ってんだ。意外。・・・いやさ、
確かに、あいつだけなんだよな。
ばあちゃんが死んで泣かなかったの。
やっぱその辺が関係あんのかな」
鉄の味がする。
どうやら先ほど強く噛みすぎて、
唇に穴が開いたらしい。
私「・・・で、だからなんなんですか?」
吐き出すようにそう言うと、
周りの人々がちらりと私たちを見た。
彼はさすがにやりすぎたと思ったのか、
「まあ、まあ」と私をなだめるように
胸の前に両手を上げ、
先ほどよりも小さな声でこう言った。
次「いや、俺ってさ、
よく勘違いされやすいんだ」
もし彼がこれ以上何か言ったら、
もっと大声を出してやるつもりでいた。
けれども次の瞬間、
彼の口から出てきた言葉は
私を黙らせるのに十分なものだった。
次「俺はさ、あいつが『見える』って
いうのは嘘じゃないと思ってるし、
それに、別にあいつ自身が
それほど嫌いなわけじゃないよ」
それは相変わらず軽い口調だったが、
嘘をついているようには見えなかった。
次「でもさ。今、そこにある
棺の中に入ってんのが、
ばあさんじゃなくて、
あいつだったらいいのになー、
とは思ってる」
私は彼を見た。
言葉が出なかった。
こんなにも堂々と、
『死んでしまえばいいのに』
という言葉を聞いたのは
初めてだった。
それでいて、彼はくらげ自身は
嫌いではないと言う。
次「矛盾してると思うよな。
でも、俺は正常だよ。
たぶん、この家の人間の中じゃ
一番マトモだ」
部屋の入り口から、
どこか見覚えのある顔の
知らない誰かが入って来た。
次「あー、兄貴入って来たな。
そろそろ始まんのかな」
振り返って、彼が言う。
礼服をぴしっと着用した、
どうやらあの人がこの家の長男らしい。
そういえばどことなく、
くらげの父親と似ていた。
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