エレベーター 2/4

エレベーター

 

何事も無く、

エレベーターの箱は4階に着いた。

 

扉が開き、

俺たちは外に出る。

 

友人は軽く肩を竦めて、

両方の手の平を返した。

 

「昇る時は大丈夫なんだよ」

 

夕焼けが立ち並ぶ部屋のドアを、

フロアの端まで赤く染めている。

 

友人はその一つを指差して、

 

「俺んちだけど、寄ってくか」

 

と言う。

 

微かな起動音とともに

背後のエレベーターが下に呼ばれ、

 

ランプが一つ、二つ、と降りていく。

 

二人とも、なんとはなしに

そちらから目を逸らす。

 

外から子どものはしゃぐ声と、

走り回る足音が響いて来た。

 

脇の高さの塀から顔を出して

下を覗いてみると、

 

数人の小学生くらいの子どもが、

おもちゃの剣らしいものを振り回しながら、

 

敷地内の舗装レンガの道を

行ったり来たりしている。

 

しばらくそれを眺めたあとで、

 

「情報収集してみよう」

 

と言って俺は視線を戻し、

人差し指を下に向けた。

 

「オッケー。

でも先に荷物置いてくる」

 

友人はドアの鍵を開けると、

 

二人分のバッグを

玄関先に放り込んで戻ってきた。

 

そして、

エレベーターの前に再び立つ。

 

箱の現在位置は8階に変わっている。

 

今度はなかなか矢印ボタンを押さない。

 

少し緊張しているようだ。

 

横目で言う。

 

「その、変なことが起こる確率は

どのくらい?」

 

「あー、ご・・・5回に一回くらいかな。

いや、10回に一回かも。

 

・・・わかんねえや」

 

俺は質問を変えた。

 

「昨日と今日は?」

 

「・・・あった。

 

昨日の夜、

酒買いに降りようとしたらよ・・・」

 

そこまで言ったところで、

 

「ちょっとごめんなさーい」

 

という声とともに、

 

40代くらいの主婦と思しき年恰好の人が、

俺たちの立ち位置に割り込んできた。

 

まるで、

 

エレベーターの前で立ち話をしている

俺たちを邪魔だと言わんばかりに。

 

後ずさりして場所を空けた

俺たちの目の前で、

 

主婦は下向き矢印を素早く押し、

 

エレベーター上部の

階数表示ランプを見上げた。

 

7、6、5とランプが下がって来て、

4の表示が光ろうかという時、

 

俺たちは顔を見合わせて、

 

このおばさんと一緒に降りるべきか、

と僅かに思案した。

 

が、次の瞬間、

驚くことが起こった。

 

4の数字が光るタイミングが来ても

エレベーターの扉は開く気配も見せず、

 

表示ランプはそのまま4、3と

下がっていったのだった。

 

呆気にとられた俺の前で主婦は「チッ」と、

あまり上品でない舌打ちをしたかと思うと、

 

踵を返してさっさと階段の方へ

去って行ってしまった。

 

取り残された俺たちは、

 

再び人気の無くなった空間に佇んで

顔を見合わせた。

 

「これか」

 

俺の言葉に友人は神妙に頷く。

 

ぞわっと背筋が寒くなった気がした。

 

けれど冷静に考えると、

やはりただの故障のような気がしてくる。

 

口を開きかけた時、

友人が思惑外のことを言い始めた。

 

「あのおばさん、

なんかニガテなんだよ。

 

たぶん9階に住んでるんだけど、

 

4階に友だちがいるみたいで、

時々すれ違ったりすんだよ。

 

最初に会った時、なんていうか、

 

挨拶するタイミング

みたいなのってあるじゃん。

 

それがなんか、

 

どっちも噛み合わなかったっていうのか、

まあシカトみたいになっちゃって。

 

それからは、

 

こないだ挨拶しなかったのに

今回はするって変な感じがして、

 

結局毎回シカトみたいになってて。

 

いや、そういうのあるだろ。

わかるよな」

 

確かにわかる。

 

俺も近所付き合いとか苦手な方だ。

 

「こないだなんか、

1階からエレベーター乗ったらよ、

 

先にあのおばさんが乗ってて、

オレの顔見るなりチッって舌打ちしたんだぜ。

 

こっちには聞こえてないつもり

だったかも知んないけど、

 

感じ悪いわぁ」

 

友人は首を捻って悪態をついた。

 

エレベーターの表示は、

1階で止まったまま動かない。

 

この4階を素通りしたあと、

誰かが箱を降りたのだろうか。

 

乗るために箱を呼んでいたのなら、

1階から再び上ってきているはずだから。

 

ということは、

 

さっき俺たちの前を素通りして行った箱には、

誰かが乗っていたことになる。

 

一体誰が・・・

 

今からダッシュで階段を降りても、

きっと立ち去ったあとだろう。

 

俺は、

顔の部分が黒く塗りつぶされた人物が、

 

このマンションを徘徊しているイメージを

頭に浮かべ、

 

少し薄気味が悪くなった。

 

扉の透明なタイプのエレベーターなら、

このモヤモヤも解消されたかも知れないのに。

 

「どうする、階段にするか」

 

「いや、エレベーターにしよう」

 

俺はもう一度、

下向き矢印のボタンを押そうとして、

 

ハタと手を止めた。

 

(続く)エレベーター 3/4

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