追跡 2/5

冊子

 

「その日に起こることなら、

前の日の夜に見てる」

 

でも、と彼女は続けた。

 

曰く、

 

経験的に危険性が高い情報ほど、

手前で知るのだと。

 

うんこを踏みそうになる時は

二日前に見てるし、

 

カレーうどんの汁が散る時は、

3日前に見てる。

 

骨折しそうになる時は2週間前・・・

といった具合だ。

 

もっとも、

必ずというわけでもない。

 

『前倒し』が起こるのは、

体調が悪い時が多いのだそうだ。

 

あんまり早く『思い出し』てしまうと、

それが起こるまでに忘れてしまう。

 

「役に立たないでしょう」

 

役に立たなかろうが、

 

俺のような凡人には

理解できない世界の話だ。

 

「それ、半分は備忘録なの」

 

と彼女は冊子をもう一度指差す。

 

彼女はこう言っているのだ。

 

師匠の行方がわからないというこの事態を

2年前に予知してしまっているから、

 

今は勘が働かないのだと。

 

「どんな話を書いたのか、

忘れちゃったけど」

 

初めて彼女は少し笑った。

 

俺は改めて、

 

毒物でも触るような思いで

その冊子を開く。

 

「『追跡』って話です」

 

俺がこれから師匠を探しに行くという

筋のようですと言うと、

 

彼女は「ついてく」と主張した。

 

もちろん断る理由はない。

 

彼女が2年前に知ってしまったという

その意味を、

 

あまり深く考えないようにした。

 

俺は冊子を持って部室を出る。

 

冬の寒空も、

今は苦にならない。

 

心の準備が出来るまで、

次のページには行かない方が良い。

 

という文字を3回心の中で読んでから、

次のページをめくった。

 

「・・・まず、

ゲームセンターのようです」

 

実際にある場所の名前が出てくる。

 

俺は彼女と二人で自転車に乗って、

そこへ向かった。

 

街中の大きなゲームセンターだ。

 

中に入り一通り見て回るが、

師匠の姿はない。

 

『追跡』に、

 

主人公がプリクラを撮る

描写があったので、

 

一応コーナーに行ってみたが、

 

若い女性たちでごった返していて

気後れしてしまった。

 

それに先を読むと、

 

結局ゲームセンターでは手掛かりはなかった

ということになっているので、

 

無意味だと俺は言ったが、

彼女は、

 

「書いてある通りにした方がいい」

 

と言う。

 

そのとき今更ながら、

 

先に最後のオチの部分を読んだ方が

早くないかと思ったのだが、

 

彼女が、

 

「そういうことをしたと書いてるの?」

 

と言うので、

首を振って諦める。

 

不吉な予感にドキドキしながらも、

 

俺は俺なりにこの状況を

楽しんでいたのかも知れない。

 

結局、

 

連続して延々と同じメンバーで

プリクラを撮っている女子高生たちに、

 

イライラしながらも順番待ちの列に並び、

最後には彼女と一緒に写真に納まった。

 

『追跡』には主人公に女性の連れが

いるとは書いてないが、

 

まあこれくらいはいいだろう。

 

出てきたシールをまじまじと見ながら、

俺はなんだか引っ掛かるものを感じていた。

 

それがなんだかわからないまま、

次の場所を確認する。

 

「次は、雑貨屋です」

 

ゲームセンターから少し距離がある。

 

若者で溢れかえる通りだが、

平日なので人手はさほどでもない。

 

自転車を止めて、

 

カジュアルショップ周辺に広がる

こじんまりとした地下街へと降りる。

 

聞いたことはあったが、

来るのは初めてだった。

 

ファッションには疎いので

今ひとつよくわからないが、

 

とにかく流行っている雑貨屋らしい。

 

和洋入り混じった色とりどりのアイテムを

目の端に入れながらも、

 

師匠の姿を探す。

 

しかし、

その影はなかった。

 

一応、

店員にそれとなく聞いてはみたが、

 

首を振るだけだった。

 

雑貨屋でもやはり手掛かりはなかった。

 

溜息をついて『追跡』を閉じる。

 

連れが見えなくなったので探していると、

カツラのコーナーにいた。

 

『ウィッグ』だと訂正されたが、

違いはわからなかった。

 

彼女はその後、

 

血糊のついたようなデザインの

ピコピコハンマーが気になった様子で、

 

散々俺を待たせたあげく、

結局は別のものを買ったようだった。

 

店を出る時、

 

ゲームセンターの時にも感じた引っ掛かりが、

もう一度脳裏を過ぎる。

 

「次は・・・喫茶店です」

 

また自転車に乗って移動する。

 

地球防衛軍という

怪しげな店名が出てくるが、

 

俺も彼女も知らなかったので、

 

『追跡』の描写を頼りに

それらしき通りをウロウロした結果、

 

ようやくビルの窓に

その名前を見つけ出した。

 

古そうなビルの知らない店に入る時は、

階が上なほどドキドキする。

 

入り口のドアを開けると、

やはりというか、

 

遊び心の多い内装が

目に飛び込んで来た。

 

フィギュアやミニカー、

インベーダーゲーム、

 

そして漫画が店内狭しと並んでいる。

 

ともあれ店内を見回したが、

 

常連らしき数人の客の中には、

師匠はいなかった。

 

がっかりはしない。

 

ここでは僅かな手掛かりを

得られるはずだから。

 

腹が減っていたのでラーメンを注文する。

 

『追跡』で主人公が頼むのを

読んでいたので、

 

メニューも見ずに言ったのだが

本当にあったらしい。

 

目の前で袋入りの即席めんを

マスターが開け始めた時は、

 

少し驚きはしたが。

 

待っている間、

 

どこからか彼女が見つけてきた

黒ひげ危機一髪で遊びながら、

 

黒ひげが飛び出たら勝ちなのか負けなのか

意見の食い違いで揉めていると、

 

「出たら勝ち」

 

と言いながら、

 

マスターがラーメンをテーブルに

置いていった。

 

食べ始めると、

足元に猫が擦り寄ってきた。

 

どんな店なんだ。

 

食べ終わって、

 

ドンブリがどう見てもすり鉢

だったことには突っ込まずに、

 

マスターに声をかける。

 

「ああ、

そういえば3~4日前に来てた」

 

やはり、

師匠は常連だったらしい。

 

いい趣味をしている。

 

「連れがいたような気がする」

 

ポロリと漏らした一言に食いつく。

 

「いや、でもよく覚えてない」

 

僅かなヒントを得た。

 

『追跡』を確認するが、

どうやらここではこれまでのようだ。

 

諦めて店を出る。

 

ドアを閉める時に、

 

店の奥からビリヤードの玉が

弾ける音が聞こえた。

 

「次は」と言いながら、

階段を降りる足が止まる。

 

心の準備が出来るまで、

次のページには行かない方が良い。

 

何度目かのこの文章をめくると、

 

次のページには、

かなり核心に近づく展開があった。

 

「次は、ボーリング場です」

 

また自転車にまたがる。

 

この時点で彼女に俺の推測を

告げるか迷ったが、

 

表情を変えずに自転車を漕ぐ

姿を振り返って、

 

思い留まる。

 

やはり彼女は苦手だ。

 

何を考えているかわからない。

 

自転車から降り、

何度か来たことのあるボーリング場に入る。

 

「プレイは?」

 

「ここでは店員に話を聞くだけのようです」

 

少しやりたそうだった。

 

それを尻目にカウンターへ向かう。

 

「ああ、多分わかりますよ」

 

師匠の名前を告げると、

あっさりと調べてくれた。

 

茶髪の若い店員だった。

 

客のプライバシーなど、

 

どうでもいい程度の教育しか

受けていないのだろう。

 

もっとも、

今はそれが有難かった。

 

しばらくすると、

 

師匠の名前がプリントされた

スコアが出てきた。

 

日付は3日前で、

午後2時。

 

やはり。

 

以前一緒にボーリングをやった時、

 

本名でエントリーしていたのを

覚えていたのだ。

 

師匠のGの多いスコアなど、

どうでもいい。

 

俺と彼女の視線は、

もう一人の名前に集中していた。

 

それは、

動物の名前だった。

 

その通り『ウサギ』という名前が

師匠の横に並んでいた。

 

(続く)追跡 3/5

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