人魚職人 2/2

 

また怪しまれ、

刃物を前に出された。

 

殺すつもりならとっくに刺していると

分かっていたトチロウにとって、

 

刃物は効果が無かったが、

 

ここに来た理由をどう言えば

信じてもらえるのかを、

 

首をひねらせて考えていた。

 

この状況で余裕さえ感じる

トチロウの物腰に、

 

男の方が内心怯みかけていると、

 

「えーっと、あれだ。

 

こんな安っぽいのじゃなくて、

 

御利益があるいいヤツが

欲しかったんだよ」

 

また適当に答えたのだが

意外と確信をついたのか、

 

男がピクリと反応した。

 

トチロウはそれを見逃さなかった。

 

「あるんだろう?

とっておきのが?」

 

相手の顔色を伺いながら、

話しを作っていった。

 

「聞いたんだよ。

 

御利益がある特別な

人魚の話しを・・・」

 

男はトチロウの話しを

聞き終える前に、

 

包丁をトチロウに振りかざした。

 

かと思えば、

そのままトチロウの後ろへ行き、

 

沢山の人魚細工の中から

一匹を掴むと、

 

そのまま抱えて窓から

逃げ出したのだ。

 

一瞬、何が起こったのか

分からなかったが、

 

慌ててトチロウは後を追った。

 

雨の中どれだけ走ったろうか、

男がドロに滑り派手に転んだ。

 

すかさず取り押さえようと

男の腕を掴んだ時、

 

水溜まりに転げ落ちた人魚細工が

跳ねたのだ。

 

まるで喜んでいるかの様に、

水溜まりの中へ潜って行ったのだ。

 

トチロウは自分の目を疑ったが、

 

直ぐさま横たわる男を飛び越え

泥水の中を手探りで探していると、

 

「わぁぁぁ」

 

後ろで男の叫び声がした。

 

振り向くと誰もいない・・・。

 

さっきまで男が転がっていたのに、

どこにもいない。

 

周りはただっ広い畑で、

隠れようがないのだ。

 

人魚細工も男も消え、

 

土砂降りの中にトチロウただ一人が

ぽつんと立っていた。

 

手がかりを無くし、

聞き込みも虚しく途方に暮れ、

 

トチロウは帰って来た。

 

トチロウの話しをあらかた聞くと、

 

「ふーん、なるほどな。

そいつが俺を呼んでいたのかもなぁ」

 

のん気にキセルをくわえながら

そう言うおやじに、

 

「おい、本物の人魚なのか?

どーなんだ?」

 

と、トチロウはおやじに言い寄った。

 

「どうと言われてもな。

 

俺はお前の細工物から、

禍々しい移り香を感じただけだからなぁ。

 

本物だったんじゃねぇのか・・・」

 

適当なおやじの答えに不満なのか、

トチロウはブツブツと考え込んでしまった。

 

おやじの中では何か納得出来たのか、

すでにこの話にはもう興味がない様に、

 

「木を隠すなら森の中・・・

人魚を隠すなら・・・」

 

と一言だけ言うと、

腰を上げて仕事に戻ってしまった。

 

「だけど、それじゃあ

逆効果じゃねぇのか!?」

 

おやじを追う様に席を立ち、

あーでもないこーでもないと、

 

いつもの二人の会話が延々と

続いたのだった。

 

こうしてトチロウの人魚細工の事は

すっかり忘れられ、

 

『武者事件』

 

まで人魚細工は蔵で

埃を被るのだが、

 

その話はまたの機会に・・・。

 

(終)

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