夕暮れの壷

 

家は昔質屋だったと言っても、

じいちゃんが17歳の頃までだから、

 

私は話でしか知らないのだけど、

結構面白い話を聞けた。

 

おやじは鑑定士の仕事もしていて、

 

依頼の品が大きな物の場合は

お客の家まで出かけるため、

 

喜一じいちゃんはその間、

店番をさせられた。

 

店番と言っても目利きが

出来るわけではないので、

 

売りに来たお客は明日にしてもらい、

買いに来た客の相手だけ。

 

しかし、

 

田舎の質屋に客なんて

ほとんど来ない・・・。

 

ところが珍しく、

客が大きな荷物でやって来た。

 

こりゃ売りか鑑定の客だ、

と思い帰ってもらおうとすると、

 

ふろしきをドンっと置き、

出て来たのは立派な朱い壷だった。

 

ボコボコしていて荒々しく、

 

模様かと思えば木々の絵が黒い、

上薬で描かれていた。

 

おやじは居ないと言うと、

太った客は語りだした。

 

客は趣味で骨董を集めている方で、

 

この壷は無名の作家の作品で

価値のある物では無いのだけれど、

 

人によっては、

 

全財産を投げ打ってもいい

と言い出す人がいれば、

 

ゴミ同然と言う人もいるので、

 

どう言った物なのか

詳しく知りたい。

 

もしよくない物なら、

どうすればいいか聞きに来たそうだ。

 

フーンとまったく壷に興味のない喜一は、

話を聞きながら壷の模様を目で追っていた・・・。

 

すると、

壷から何かが聞こえて来た・・・。

 

客はペラペラ語りだし止まらない。

 

「・・・それでね、

 

私は後者側でこの壷の価値が

分からないんだけど、

 

前者の間で勝手に呼ばれている

名前があってね・・・」

 

喜一が「ヒグラシ!?」と言うと、

客はビックリしていた。

 

「そうなんだ。

ヒグラシと呼ばれているんだ!

 

何で分かったんだい?」

 

客に聞かれたが、

喜一にはハッキリと聞こえた。

 

壷をジーっと見つめると

ヒグラシの鳴声が聞こえ、

 

まさに夏の夕暮れそのものだった。

 

「お客さんコレ駄目だよ!!

よくない物だ。

 

人の魂を吸い取る壷だ。

御祓いしなくちゃいけない。

 

危険だからうちで引き取るよ」

 

喜一は思わず嘘をついてしまった。

 

喜一もこの壷に魅せられてしまって、

何としても手に入れたくなったのだった。

 

慌てた客は壷を置いて行ってくれた。

 

喜一は壷を眺めながら、

とても良い事をしたと思った。

 

あんな価値が分からない奴が

持っているより、

 

ウチにあった方がよっぽど良い。

 

それに、

 

タダでこんな良い物を

手に入れられたんだから、

 

おやじも喜ぶだろう・・・

とほくそ笑んでいた。

 

ところが、

 

帰って来たおやじに喜んで

壷の事を説明すると、

 

大目玉を食らった。

 

「バカやろう。

ウチは鑑定屋だぞ。

 

信用が第一なんだ。

 

そんな事して商品手に入れてたんじゃ、

誰が買うってんだ!!

 

物の価値を決めるのが商売。

 

客の価値なんて

誰がつけろって言った!!」

 

と怒鳴られ、結局、

壷は持ち主に帰されてしまった。

 

じいちゃんは、

 

もう一度ヒグラシに出会えたなら

全財産投げ打ってもいい、

 

と言っていたが、

 

戦争になって行方は分らなく

なってしまったそうだ。

 

(終)

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