山への入口を塞ぐように据えられた棺
これは、知り合いが体験した奇妙な話。
彼女が友人の田舎へ遊びに行った時のことだ。
すぐ近くの山で「イチジクが取れる」と聞いた彼女は、早速友人を案内人に仕立てあげた。
麓に差し掛かり、いざ山に入らん、という頃合。
後ろから二人を追い越した車が、少し離れた先で停車した。
それは霊柩車だった。
友人が露骨に顔をしかめる。
車背面のドアが開くと、『白い棺』を抱えた黒服姿の数名が降りてきた。
彼らを見た彼女は、奇妙な感じを受けた。
無表情というか、顔がまったく印象に残らない、そんな男たちだったという。
黒服たちは棺を道の上に置くや、車内に引き返していく。
そのまま白い物体を置き去りにして、霊柩車は山を登っていった。
彼女たちの目の前、山への入口を塞ぐようにそれは据えられていた。
思わずポカンとした。
この辺りには、棺を野晒しにするおかしな風習でもあるのだろうか?
そんな疑問を抱いてしまったという。
「帰ろ」
そう言って友人が踵を返す。
「イチジクは?」と追いすがる彼女に、「今日は諦めなさい」とつれない返事。
道すがら聞いたところによると、あれは本当の霊柩車でも葬式でもないという。
一体、何者が葬儀の真似事をしているのかは不明だが、とんでもなく縁起が悪い物なのだと聞かされた。
それに近寄れば、最悪の場合は命に関わることもあるらしい。
「実際に近づいて確認した人の話なんて、最近は聞いたことがないから本当はどうなのかわからないけどね。ただ、あんたが見たいのなら止めないわよ。行っておいで」
彼女は振り向き、遠くからそれを見てみた。
しかし、道の上に先程まであったはずの棺は、影も形もなくなっていた。
「イチジクは明日にする」
そう答えて、山を下りたのだという。
なんでも、昔は霊柩車ではなくて、黒い人夫が棺を担いで来ては置いていたらしい。
「その時その時の流儀を真似ているんだろう。ハイカラだね」
友人の家族の間では、ごく普通にそんな会話が成されていたと聞いた。
ちなみに翌日、彼女は無事にイチジクを入手できたのだそう。
(終)