犬隠しと呼ばれていた谷地

山

 

これは、知り合いの話。

 

彼は昔、犬を連れて猟をしていたという。

 

「気持ち悪い山があったんよ。

 

山というか谷地なんだけど、“そこへは絶対に犬を連れて行ってはいけない”と言われていたんだ。

 

近寄っただけでも、犬は尻尾を足の間に入れて怖気づいてしまうらしい。

 

うっかり足を踏み入れようものなら、いつの間にか連れていたはずの犬がいなくなっているとか。

 

目を離した覚えもないのに忽然と姿を消すらしい。

 

それに一旦尻尾を巻くと、もうその犬はダメなんだって。

 

なんとか離さず家に連れ帰っても、その日の夜のうちにいなくなってしまうんだとさ。

 

あそこには“犬に執着する何かがいる”と言われていたんよ。

 

だから僕は近寄りもしなかった。

 

愛犬がいなくなると凹むだろうからね」

 

『犬隠し』。

 

その谷地は、そう呼ばれていたそうで。

 

何が犬を獲っていたのかは、今では誰もわからないという。

 

(終)

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