得体の知れない誰かと一緒に
山仲間の話。
彼が友人である内藤君(仮名)と二人で夜の山を登っていた時のこと。
月明かりでボンヤリと照らされた山道を辿っていると、前を進んでいた内藤君がいきなり足を止めた。
「どうした?」と呼び掛けたが、返事がない。
彼は内藤君の肩に手を掛け、「おいどうしたんだよ、内藤ってば!?」と言って強引に振り向かせる。
しかし、その顔は全く見覚えのないものだった。
気が付いたら二人で夜の山道を歩いていた
硬直した彼に向かい、そいつはニヤニヤヘラヘラと薄く嗤(わら)って答えた。
「内藤って誰だ?」
彼は悲鳴を上げると、後も見ずに逃げ出した。
背後から不気味な嗤い声が届いたが、幸いにも後は追って来ないようだ。
嗤い声は段々と小さくなっていく。
足下も確かでない山道を転びながら走っていると、唐突に誰かに抱き止められた。
「おい、何やってんだ!?」
彼を抱き締めて大声を上げる男性、その顔は間違いなく内藤君のものだった。
彼は我に返ると腰が抜けたようになってしまい、その場に崩れ落ちたという。
その直後、内藤君に聞かされた話。
「ふと目が覚めたら、隣の寝袋が空になっていてさ。雉(きじ)でも撃ちに行ったのかと思ったが、いつまで経っても帰って来ない。気になって捜しに出たら、上の方からお前が叫びながら走って下りて来たんだ」
そう聞かされて落ち着くと、ようやくまともに物事が考えられるようになった。
そうだった。
二人はこの少し下場にテントを張り、夕食と酒を楽しんでから就寝したのだった。
しかしそこまで思い出したものの、何故眠っていたはずの自分が寝袋を抜け出して、得体の知れない誰かと一緒に夜の山を登り始めたのか、全く記憶に無い。
気が付いたら二人で夜の山道を歩いていた。
先導する何者かを内藤君だと思い込んで・・・。
いや、思い込まされて?・・・。
二人して顔を見合わせたが、どちらの顔も白くなっていたという。
テントまで駆け戻ると、消していた焚き火を再び起こし、杖をしっかりと持って寝ずの番をすることに。
とても意識を手放す気にはなれなかった。
幸い、その後は何も変わったことは起きず、無事に朝を迎えた。
慌ただしく荷物を片付けると、予定を切り上げて一目散に下山したそうだ。
(終)