お化けでも気にかけてくれるのは有り難い
これは、鈴木先生から聞いた不思議な体験話。
私が小学生の時の担任だった鈴木先生は山男で、よく山の話をしてくれた。
怪談もあったが、子供相手だからか、あまり怖かった記憶はない。
中でも、不思議だったのは『八ヶ岳』での話。
学生時代に何度も登り、山小屋でバイトもしたという。
就職を控え、学生時代の登り納めに行くと、小屋の主から「地元に戻って先生になるって?」と尋ねられた。
話した覚えもないので驚くと、客が噂していたと言う。
バイトで知り合った客や、山での顔見知りは多くいるが、自分の近況を知るような者は浮かばず、身近に意外な知人がいるのかも知れないと思ったそうな。
就職後は近場の山ばかりで、久々に八ヶ岳に出向いたのは教師になって6年目のことだった。
当時、先生には結婚を申し込もうと考える彼女がいたという。
もし断られれば憂さ晴らしに八ヶ岳に登る予定だったが、OKの返事をもらっても、独身時代の登り納めなどと言って出かけた。
数年間、年賀状だけのやり取りだった小屋の主に会うのも楽しみだった。
あえて連絡をせずに出かけたのは、疎遠からくる照れのせいだけでなく、驚ろかせたいというイタズラ心もあった。
美しい景色を堪能しつつ辿り着いた小屋は、いくらか改装されて昔の面影は薄れていた。
それでも、前に立つと胸が熱くなったという。
案の定、主は驚き、再会を心から喜んでくれた。
しかし、驚いたのは主だけではなかった。
主の口から驚くべき言葉が飛び出したのだ。
「結婚するんだろ?今度は嫁さんも連れて来い」
結婚の話は先生と彼女の間で交わしただけなのに、やはり主は客に聞いたという。
客の特徴を聞いても特定は出来ずじまいで、気味が悪い話とも言えるが、お化けでも何でも、気にかけてくれるのは有り難いことだ。
「悪いことは出来ないな」と先生が笑っていたからか、嫌な印象はなく、不思議な話として私の記憶に残っている。
(終)