子供を車に乗せないでください
これは、とあるデパートで聞いた話。
そのデパートは創業が昭和の初め、地元民なら誰でもコマーシャルソングを歌えるという老舗。
長い歴史がある分、いわくもある。
一階北側の女子トイレは出るとか、屋上から飛び降りた人がいるとかの、眉唾な話がほとんどなのだが、一つ群を抜いて奇妙な話があった。
『子供を車に乗せないでください』
そんな意味不明の看板が、地下駐車場に立てられていたことがあったのだという。
「昔、変な噂があってね」
そのデパートに勤めていたことがあるという男性が教えてくれた。
昭和の中頃のこと。
夕暮れ時に買い物を終えて帰ろうと車に向かうと、駐車場で男の子が一人でウロウロしている。
不思議に思って声をかけると、「家族が先に帰ってしまったから途中まで乗せてほしい」と。
今の時代であれば、事務所か警察に連絡してお終いにするのが普通だろうが、良くも悪くも昭和の時代、中には親切で乗せてあげる人もいた。
すると、ありがちな話だが事故を起こすのだそうだ。
もちろん、乗せたはずの男の子は消えている。
嘘か本当かはわからないが、そんな話がチラホラあり、困ったデパート側が件の看板を設置したのだという。
「僕はその駐車場で交通整理をしていたこともあるけどね、そんな男の子なんて見たことないよ。
でもねぇ、車に乗り込もうとしたお父さんが、なんだか独り言みたいにブツブツ言った後、まるで誰かを乗せるように後部座席のドアを開けて、また閉めて、ってしていたのは一回だけど見たね。
その日の帰りは事故渋滞に巻き込まれたよ。あの車が事故をしたのかどうかはわからないけどね、なんだか気味が悪かったなぁ。
店の偉い人たちは何か知ってたのかもね。あんな意味不明で不気味な看板立てたんだから」
男性はそう話を締め括った。
「その看板、今もあるんですか?」
「いや、平成に入る前に撤去されたよ。その頃には噂も下火になってたし。というか、車に乗せてあげる人がいなくなったんだと思うよ。
世知辛くなったと言えばそうだけど、噂もあったし、いくら子供とはいえ怪しすぎるよね」
男性が言うには、駐車場で男の子を見たという話だけは、彼がデパートを定年退職した、つい最近まで残っていたそうだ。
駐車場で男の子が一人でじっとこちらを見つめてきたが迷子ではないか、という連絡が事務所に時々入ってきていたという。
そのたびに様子を見に行くが、それらしき子供をはいつも見つけられなかった。
「幽霊も時代には逆らえないということかなぁ。となると、ますますあの老舗デパートには頑張ってもらいたいねぇ」
男性は感慨深げにそう言った。
(終)