冬山登山での先行者の奇妙なランプの明かり
これは、ある年の3月、冬の日光白根山に菅沼ルートから単独で登った時の話。
その年は積雪量が多く、2メートルくらい積もってクラストしており、よく締まった冬道に前日僅かに降った新雪が2~3センチ積もった状態だった。※クラストとは、雪の表面が氷のように固まった状態のこと。
風はほとんど止んでおり、気温はマイナス12度で快晴。
午後の日差しで雪が緩み、雪崩の危険が高まる前に下山したかったので、深夜2時頃にヘッドランプを点けて、完全な冬山装備で登り始めた。
あるはずのものがない
ギュッギュッと新雪を踏み締める音と、クラストした雪にカチッと食い込むアイゼンの感触を楽しみながら順調に歩を進めていると、やがて前方に先行する登山者のヘッドランプの明かりが見えた。
冬道ならではの谷間の緩い傾斜で、100メートルくらい先をユラユラと登っている。
しばらく先行者の後を追う形で、見え隠れするランプの微かな明かりを確認しながら登っていたが、池の手前の急斜面に差し掛かった所で奇妙なことに気づいた。
こちらが歩を早めても緩めても、その差は縮まりも開きもせず、常に一定距離を保っている。
満天の星空だったが、新月で月明かりはなく、自分の20ルーメンのランプでは先行者の様子はわからなかった。※20ルーメン=足元が確認できる程度の明るさ
試しに「オーイ!」と声を掛けてみても、何の返事もなく、ランプの光点だけがユラユラと揺れているだけ。
何かおかしい・・・。
登りながらずっと感じていた漠然とした不安が確信に変わったのは、新雪の上にあるはずの先行者のトレース(痕跡)が全く付いていないことに気づいた時だった。
振り返ると、自分の足跡とピッケル跡だけがクッキリと残っている。
ゾクッとした。
考えてみれば、この冬道は他のルートからの合流などなく、駐車場にも自分の車しかなかったはずだ。
これは、まずいな・・・。
状況を理解すると、次は本能的な恐怖が込み上げてきて、慌てて来た道を引き返し始めた。
全く後ろを振り返らずに一心不乱で下山して、やっと車まで引き返したところで登山口に目をやると、ずっと後方であの明かりがユラユラと揺れながらこちらに向かって近づいて来るのが見えた。
車を沼田市街に向け、途中のコンビニの駐車場で夜明けを待ったが、結局その日は再度トライする気になれずに帰宅した。
(終)