正規の登山ルートから少し外れた道で
これは私が中学生の頃、祖父と一緒に山に登った時の話です。
登山中には色んな人とすれ違い、たくさんの人で賑わっていました。
そして中間地点で休憩していた時に、正規の登山ルートから横へ10メートルほどの所に“もう一つ道がある”のを見つけました。
祖父に一言言って許可をもらってから、少しだけ行ってすぐに戻って来るという条件で、私はその道に行ってみました。
草むらをかき分けて辿り着いたその道は、正規のルートと何ら変わりのない道でした。
一つ違うところと言えば、その道を誰も使っていなかったということです。
何もなく、面白くないなと思った私は、その道を出ようと思って踵を返そうとしました。
その瞬間、道の上の方から物凄い振動と共に大きな足音が聞こえてきました。
よく見ると、結構な速さで何か大きなモノが近付いて来るのです。
「!!!???」
訳がわからなくなった私は、急いで元来た草むらを戻りました。
そして正規のルートに戻りかけたその時、私は後ろを振り返ってみました。
すると、そこにいたのはまさしく『恐竜』でした。
たくましい脚に、その巨体に見合わない小さな腕。
太い尻尾に、人間など簡単に飲み込んでしまうであろう大きな顎。
一瞬でしたが、逆にそれが強く印象に残ったのでしょう。
今でもはっきりと覚えています。
私は、しばらく動けませんでした。
恐竜は私の方に顔を向け、某恐竜映画のごとく咆哮(ほうこう)をあげました。
耳をつんざくような叫び声を聞くと同時に、私は自分のいる草むらに、登山者が捨てたであろう空き缶が落ちているのがちらりと見えました。
私は恐竜と目を合わせたままその空き缶を拾うと、恐竜は私から目をそらし、最後に天に向かって咆哮をあげてそのまま去って行きました。
こんな話を誰が信じてくれるだろうかと思ったのですが、頂上に着いた時、祖父に「休憩地点で何か聞こえなかった?」と聞いてみました。
ですが、もちろん何も聞いていないと。
あれが何だったのかわかりませんが、自分の中では恐竜の姿を借りた『山の神様』だったのではないか、と思いたいです。
山が汚れていくのが悲しい、最後の天に向かっての咆哮はそんな感じもしました。
今では良い思い出です。
(終)