道を見失い薮漕ぎしていると目の前には
これは、犬にまつわる不思議な体験話。
去年の秋口、皇海山を目指して朝早くから袈裟丸周りで上がったのだが、帰り道で庚申山荘を目指して下りていたつもりが、道を見失い薮漕ぎしていた。
※皇海山(すかいさん)
栃木県日光市と群馬県沼田市との境界にある山。足尾山地に属する。標高2144メートル。日本百名山の一つ。
すると、目の前に『クマ』がいた。
クマと言っても熊ではなく、昔に飼っていた犬の名前だ。
体力も精神的にもギリギリだった俺は、何の気なしにクマに付いて行った。
すると、いつの間にか山荘を通り越して、元足尾鉱夫の宿泊所のようなボロボロの建物の側にいた。
気づけばクマもいない。
どうやって、どのくらいで辿り着けたかもよくわからないまま、近くの博物館まで歩いた。
ただ、側にあったトイレの鏡で自分を見た時は心底ゾッとした。
なぜだか顔も身体もボロボロで、ザックも無い。
辛うじて腰回りの貴重品と車の鍵はあった。
朝まで電車待ちをしながら過ごし、なんとか車まで辿り着けたが、よく考えたら“クマはもう5年前には亡くなっている”。
たぶん俺はどこかで滑落して、記憶が喪失し、フラフラと歩いていたんだと思う。
そう言えば、クマとはよくこの辺りで、沢や山菜採りをしながら歩いていた。
きっと、その頃の記憶のお陰で下山が出来たんだと思う。
しかし未だ、ザックとテントは何処へいってしまったのかはわからずじまい。
そして最近、記憶を取り戻した元鉄橋の辺りに、お供えとお酒でお礼をしてきた。
あとがき
家に居たクマは、黒くて首回りが白かったから『クマ』と名付けた。
猟師に聞いた話では、あの子はハヤテという犬種で、昔は狩猟にも使われていた種類の犬だそうで。
ただ、俺には雑種にしか見えなかったが。
子犬の頃に一番弱そうな子を拾い育てているうちに、やたら足が速くなり、山の散策によく一緒に行っていた。
ある意味では、「あの子に助けられたのかな」なんても思う。
(終)