体を動かせない私に近づいてくる黒いもの
これは、10年くらい前に怖い体験をした時の話です。
当時、私は大学4年生でした。
時期は確か10月の中旬頃だったと記憶しています。
さわやかな秋晴れの日曜日。
前の晩から友人宅にて徹夜で飲んでいて、自宅に帰って来たのが午前9時頃だったと思います。
もちろん一睡もしていなかったので、自宅に着いた途端、当然の如く猛烈な眠気に襲われました。
その日は夕方からバイトが入っていた為、とりあえず昼過ぎぐらいまで眠ろうと思い、目覚まし時計を午後2時にセットして、敷きっ放しの万年床に倒れ込むように横になり、そのまま寝てしまいました。
しばらく眠って、ふと目が覚めました。
目覚まし時計の音は鳴っていません。
「しまった、寝過ごしたか!?」
一瞬焦りましたが、枕元の時計を見ると午前11時過ぎ辺りを指していました。
窓から差し込む秋の日差しが、室内を明るく照らしています。
どうやら2時間弱くらい寝たところで目が覚めてしまったようでした。
「あれだけ眠かったのにあまり寝れなかったのかなぁ」
ぼんやりした頭で考えていたのですが、その時に妙なことに気づきました。
私が住んでいたのは六畳一間のワンルームだったので、寝床から少し頭を起こすと玄関がそのまま見えました。
その玄関のドアが、少しだけ”開いていた”のです。
そのドアは重たい金属製の扉で、何かで押さえておくか、物が挟まったりしていない限り、手を離しただけで自重で勝手に閉まるものでした。
「おかしいなぁ・・・」
そう思いましたが、帰って来た時には酔いと眠気でフラフラだったので、もしかしたら部屋へ入る時に靴か何かを挟み込んでしまったのかなと思いました。
扉の隙間からは、快晴の青い空が見えます。
このまま開けっ放しにしておくわけにもいかないので、閉めようと思い、体を起こそうとしました。
しかし、体が動きません。
首から下が全く動かないのです。
感覚も全くありません。
うんうん力を入れてみましたが、どう頑張っても動きません。
これが『金縛り』というものだったのでしょうか。
意識ははっきりしているのに、体はまるで自分のものでないかのように微動だにしないのです。
これまでそういう経験のなかった私は、尋常ではなく焦りました。
動かない体のコントロールを取り戻そうと四苦八苦していたところ、玄関のほんの少し開いた隙間から、”何かが入って来る”のが見えました。
モクモクとした黒い煙というか、霧というか、そのようなものでした。
体を動かせない私は、ただただ恐怖するしかありません。
頭皮からは冷たい汗が吹き出していました。
その煙のようなものは寝ている私の左横まで来ると、動きを止め、不定形の『黒い塊』になりました。
どうすることもできず見ているうちに、それが徐々に変形していきます。
30秒くらいかかったでしょうか。
やがて、その黒い塊は『人間の形』になりました。
全体的にモヤモヤとしてはいますが、頭、胴体、腕、足が、それとわかる形になりました。
高さは5~6歳の子供の身長くらいです。
そのまま、その物体、煙人間とでも言いましょうか、それは何をするでもなく、その場にずっと立ったままでいました。
全身が真っ黒で、目に相当する部分がないのでわかりませんが、見下ろされているような感覚でした。
もうその時には、私は恐怖で発狂寸前です。
「ああ、何だかわからないけど、たぶん私はこいつに殺される。
人に恨みを買うような覚えは何もないけど、きっとこいつは私を殺すためにここに来たんだ。
わざわざ金縛りまでかけて。
ああ、でもまだ死にたくない!
神様、仏様、悪魔でも天使でも、何でもいいから助けて下さい!」
目を瞑って必死に祈りました。
その時です。
それまで全く動かなかった体の右半分だけに、突如感覚が戻ってきました。
急に右半身だけが自由に動けるようになったのです。
ただ左側、その煙人間がいる方の側だけは相変わらず麻痺したままでしたが…。
無我夢中で私は、寝床の横にいつも置いている金属バットを引っ掴みました。
私が住んでいた地域は、空き巣や傷害事件が多発している治安のあまりよくない場所でしたので、もしも暴漢に寝込みを襲われた場合、とっさに身を守るための道具として、常に布団の右側にバットを置いていたのです。
私は右手の全握力を込めてバットを握りしめ、自由になった右半身で思い切り反動をつけながら、バットを煙人間の体ごと叩き付けるような形で左側へ寝返りを打ちました。
結果、バットは煙人間の脳天から股下を綺麗に貫通し、そのまま床の畳を勢い良く叩きました。
次の瞬間、煙人間はボワッという感じで、元のモヤモヤした霧とも煙ともつかぬ状態に戻ると、そのまま入って来た玄関の隙間からサーっと出ていきました。
直後、玄関の扉がものすごい音を立てて閉まりました。
私は、その様子を呆然と見ているしかありませんでした。
左半身の金縛りも、その時に解けていたようです。
ちなみに、バットが当たった箇所の畳は、凹んで黒い煤のようなものが付着していました。
気持ち悪かったので、濡れたタオルで拭いたらあっさり取れました。
一体、アイツは何者だったのか。
何をしに、私の部屋へ来たのか。
そしてなぜあの瞬間、右半身だけ金縛りが解けたのか。
色々とわからないことだらけです。
それ以降、そういったものを見たことは一度もありません。
また、私自身や周りの人に不幸なことがあったとか、そういったこともありません。
ただただ不可解な出来事でした。
あとがき
あなたも、もし悪霊や得体の知れないものに出くわした時は、“物理的に殴る”ことも試してみてはいかがでしょうか。
案外、簡単に撃退できるかもしれません。
(終)