最寄り駅にあった一本の黒い傘

「ちっ!やっぱり降り出しやがった!」

 

残業が終わり、

 

最終電車には何とか

間に合ったが、

 

最寄りの駅では

かなりの雨が降っていた。

 

「参ったなあ・・・。

 

カバンが傘代わりじゃ

書類が濡れちまうしなあ・・・」

 

そして男が目を落とした

その先にあったものは、

 

傘立てに刺してある、

一ヶ所骨の折れた黒い傘。

 

誰かが置き忘れたのか、

 

たった今まで使っていた

と思われるほど、

 

それはひどく濡れていた。

 

男は辺りを見回し、

誰もいないのを確かめると、

 

何の臆面もなく

その傘を抜き取って、

 

その場で広げてみた。

 

5センチほどの穴が

開いていたが、

 

「まあ、濡れるよりはマシか」

 

と呟いて、

 

降りしきる雨の中へと

駅を出た。

 

街路灯もまばらな

薄暗い帰り道、

 

雨は一向に、

止む気配をみせない。

 

アパートまであと15分以上も

歩かなければならないのだが、

 

その時、男は急に

 

自分の握っている傘の柄に、

冷たいものを感じた。

 

ふと目をやると、

 

細く青白い手が、

男の手を掴んでいたのだ。

 

「うわっ!」

 

思わず悲鳴をあげて

傘を離そうとするが、

 

強くしっかりと掴まれた

その手は離れない。

 

そして、ピチャピチャと音を立てて

その手元を濡らすのは、

 

雨ではなく、

おびただしい量の血。

 

「フフフ・・・やっと見つけたわ。

これでまた少し元に戻れる」

 

甲高い笑い声が聞こえて

見上げる傘の穴からは、

 

髪を振り乱し、

目を大きく見開いた、

 

女の顔があった。

 

次の日、

 

やはり夕暮れより降り始めた雨は、

深夜まで降り続けた。

 

人も疎らなその駅の

片隅にある傘立てには、

 

昨日と同じように、

 

ずぶ濡れの黒い傘が

一本だけあった。

 

最終電車が終わり、

降りて来た一人の女は、

 

「まあ、濡れるよりはマシね」

 

と呟き、

 

2センチくらい穴の開いた

傘を差して、

 

降りしきる雨の中に

消えていった。

 

(終)

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